生身の諏訪さんはおじさんのかおりがする。煙草臭くて、ボーダー内ではそんなに感じない年齢も、外に出ると一気に広がる。五年経てば私もこんな風に大人っぽくなって、後輩の面倒とか見れるのかな。それまでこの街に、ボーダーに居続けるのかはわからないけど。
「自分では何で調子が悪いかわかってんのか?」
「……一応」
「ならいいけどよ。急に防衛任務に行かなきゃならなかったり、チーム組んでランク戦が控えてるとかそんな時は、調子が悪いは通用しねーからな」
「はい」
やさしいけどちゃんと正してくれる。諏訪さんの前じゃなければ、なんて言い分けは通用しない。だからメンタルももっと鍛えて、自分の感情に動じないようになりたい。
「まあ、あれだ、なんだ、いっぱい食え」
そう言って、諏訪さんはテーブルに運ばれた肉を網の上に並べた。ビール飲んで煙草に火をつけて、私の分の肉も焼く。器用なんだか不器用なんだかよくわからない人だ。
「肉焼きます」
「おう、頼んだ」
トングを受け取ってひっくり返すタイミングを探る。諏訪さんの煙臭いのもどんどんわからなくなる。お腹が満たされたら、きっといつものようにできる。だから今は好きでも嫌いでもないって意地を張りたい。
最近の態度が変だとは感じていたけど、その原因はさっぱり見当がつかないし、しいて言えば最近はそっけない態度をとられることが多い気もする。思春期のお父さん嫌い的なやつだろうか、だから俺なんかに教わるのはやめとけって思っていたのに。年頃の女は難しい。しかしこの年で父親の気持ちに同情するとは思ってもいなかった。好意が見え隠れする時もあったけど、きっとそれも父親への感情みたいな家族的なそれだろう。嫌だと思っても、嫌いにはなれないみたいな。
「あ、諏訪さん! この前見ましたよ、焼き肉屋で」
「その時声かけろよ。おごらねーけど」
「いやいや邪魔できないっす」
何のことだと思えば、先日と一緒のとこをみたらしい。別にそんなに珍しい光景でもないだろうと思っていたのに、絡んでくるにやけ顔にむかついた。
「邪魔なんかじゃねーだろ」
「諏訪さんがそう思ってなくてもには邪魔って思われますよ」
「お前嫌われてんの?」
小荒井は、鈍いなあ、とつぶやいて呆れ顔をした。ムカついたので個人ランク戦に誘えば喜んでついてきた。どうボコボコにしてやるかなんて思いながら、のことはわからない振りを続けることにした。
六千点、取れたらもう諏訪隊に行くのはやめよう。そう思って必死に訓練に参加した。他の先輩たちとも少しずつ仲良くなって、もう諏訪さんに頼る必要もないんだと言い聞かせた。この好きは、憧れだと自分に言い聞かせて、誰かに見つかっても動揺したりしないように、そっと胸の奥深くに隠した。
好きだと気が付いてから、動悸が止まらないのに知らないふりをしたり、赤くならないように瞬時に違うことを考えてみたり、いろいろ悪あがきをした。今は冷静に諏訪さんのことが好きだと自覚できて、時折触れる手にドキドキしたりもっと触っていたいとも思うは思うけど、顔に出さないようにできるようになった。そんなことをボーダー内に、好きな人へ持ち込んで迷惑に思われる方がもっと嫌だから、ぐっと押し殺した。たぶん、自分の中の好きがずっと大きくなって、コントロールしやすくなった。好きな人に迷惑をかけたくない、困らせたくないって思えるまでになったから、今は冷静に接することができるし、これからも、きっとうまくやれる。憧れの好きな人でいられる。
「諏訪さんと何かあった?」
「え? どうして?」
「最近なんか、前と雰囲気違う気がして」
笹森君は学校でも同じクラスだし、ボーダーにいても諏訪隊に私がいるから一緒にいる時間がかなり多い。変化にも気付ける距離を保っている。笹森君のことを好きでいればもっといろいろよかったのに、これっぽっちも思わない。友達や仲間としては大切だし好きだけど、そこに恋愛感情はない。
「うーん、他の先輩たちとも仲良くなってきたからかな。前まで先輩って諏訪さんしか絡んだりしなかったから」
「そっか。それはありそうだね」
本当に納得したのかわからない口調で笹森君は言った。でもストレートに「諏訪さんの事好きじゃなっくなった?」と聞かないあたり、笹森君はやさしい。だから諏訪さんに訓練の指導をお願いできたのだけど。
「笹森君も雰囲気変わったよね」
「そうかな」
「うん。落ち着いた気がする。ランク戦のログとか、前シーズンだとかなりバタバタしてたのに、今と動き全然違う」
「古いの見られてるとか、恥ずかしい」
伸びしろしかなかったデビュー間もない頃と比べたら、断然今の方が動きがいい。当たり前だ。私だって同様にここ数か月でかなり上達している手ごたえはある。だから、精神的に大人びていくことも不思議じゃない。いくら大人びても縮められない距離を埋めるよりは、さっさと気持ちを入れ替えてしまう方が楽だ。でも諏訪隊の前シーズンのログまで全部視聴してるのは、欲求に抗いきれない自分もいるからだった。それには気が付かないふりをしてくれる笹森君は、やっぱりやさしくて大人びたなと感じた。