日佐人のクラスメイトだから、訓練を見て欲しいと言う申し出を一度は断ったけれど、強く頼まれては断れなかった。たぶん本人もそれをわかって言ってきていたと思う。もっとやさしそうなヤツに頼めばいいものをってぼやいたら、先輩たちにダメなところ見られるの恥ずかしいじゃないですか、って、俺はいいのかってツッコミはしないでおいた。
最初は乗り気じゃなくても何度も訓練に付き合っている内に、情はわいてくるしどうにか強くしてやりたくなった。こんな汚いうちの隊室じゃなくてさっさと誰かと隊を組んでそっちに行けって言うのに、なんだかんだ居座っている。小佐野とも気が合うのか、俺と日佐人がいなくたって平気でだらだらしてる。本当によくわからないヤツだった。
「十六に手出すのは犯罪だからな」
「でも女の子は結婚できる歳だしちゃんと付き合えばオッケーじゃなかったっけ?」
「アレはそんなんじゃねーっすよ」
いつものメンバーでの麻雀中、の話になった。最近変に逞しくなったのは諏訪のせいという不名誉な噂が話題の発端だった。
「そんなこと言うならレイジの方がいろいろやべえっすよ」
「あれはもう心配する感じじゃない」
「絵的にきついけど、そういう感じとは違う」
どうでもいい話題なのに、捨て牌選びに集中できない。こんなの聞き流して話題が変わるのを待てばいいだけだ。なのにの顔がチラつく。
諏訪さんに弟子入りしたのは大学生でひまそうだったのと、同じ学校の先輩たちには頼みにくいと思っていたので、笹森くんが同じ隊でちょうどよかったからだ。やさしい先輩よりも厳しそうな人の方が強くなれそうだったからと言うのもある。けれど、仲の良い隊員の子に「諏訪さん好きそうだもんね」と納得されたせいで、二人きりになってしまうと、いつもちょっとだけドキドキする。確かにこんな風にいかにも男って感じの人の方が好みだ。けれど理想をいうなれば私は木崎さん派なのになあと内心は思っているのに、厳しいけどやさしい指導をしてくれる諏訪さんと過ごす時間が増えれば増えるほど、ドキドキは大きくなった。
「私って諏訪さんのこと好きなのかな」
「え、好きじゃなかったの?」
任務があるから早退して本部に向かう途中、一緒だった半崎君に聞いてみたらびっくりされた。どうしてみんな私より先に私の気持ちに気付くのだろうか。不思議。
「人としてじゃなくて恋愛で、だよ?」
「うん」
「なんでそうなるんだろう」
「好きって溢れてるしたまに言ってるけど」
「え、その好きは尊敬の好きだよ!」
「そう聞こえない時あるから気を付けた方がいいよ」
げ、って顔をしたら半崎君は呆れたように息を吐いた。じゃあみんなそう思ってるのだろうか。半崎君がそう思うくらいなら笹森君もきっとそう思ってるだろうな、諏訪さんにまでばれてないといいけど。今のところ諏訪さんは変わらないからばれてないかな。どうだろう。知ってても大人だしわかりやすく態度に出したりはしないかな。
「けど別にいいんじゃない? しっかり訓練して強くなれば、誰を好きでいても」
「それはそうだね!」
実際、訓練のおかげで得点も伸びてるし、先輩たちにも褒められることが増えた。
「ん? いや違うから。好きじゃないから」
「顔赤いしもう認めた方が楽じゃない?」
たしかに耳が熱いとは思った。指摘されるともっと熱くなる気がした。認めたとして、その先に待ってるものがハッピーじゃないことはよくわかる。訓練だってもうまともにできる気がしないじゃないか。どうしてくれる。せめて今の状況は半崎君が悪いと言うことにしてほしい。
「具合でも悪いのか?」
「悪くないと思います。でも悪いかもしれないです」
「どっちだよ」
任務のあと、いつも通りに諏訪隊の隊室に足を運び、諏訪さんがいたのでいつも通り、訓練をすることになった。こういう時に限って二人きりで、でもやめとくとも言い出せず、そんなん意識してますって言ってるようなものだから、逃げるなって奮い立たせていたのに、全然集中できなかった。こんなことなら個人戦で知らない人と戦った方がよかったと思う。
「今日は調子が悪いです」
「見りゃわかる。もうやめとくか?」
「……はい」
いつもはもう少し、とお願いするのに、今日はあっさりやめると言ったことに不審がられたけど、一秒でも早くこの状況から抜け出したかった。
「みんな居ねぇし飯でも行くか」
「なんでですか?」
「は?」
諏訪さんの反応は最もだ。だっていつもだらだら居座ってるのに今日は訓練ももうおしまいで、みんながいたら連れていけないのもあるだろうし、そう思っての提案だってこともよくわかる。だけど今の私は諏訪さんから離れたい一心なのにそんなことを言われてはどうしようもない。困った末のなんで、ではなく反射的なものだったのが気に入らなかった様子で、私のことはお構いなしで連れて行く気満々のようだ。
「何で調子出ねーのか知んねーけど、飯食えば元気出るだろ。焼肉行くぞ焼肉」
雑に撫でてくる手も嫌いじゃない。優しくされたら好きになる。いやもう、十分好きだった。でもこんな気持ち、一体どうしたらいいんだろうか。