警戒区域にボーダーの人以外が入っていけないのは三門市の常識だ。囲いもあるし、大半のお店も引っ越して、近寄る理由もない。警戒区域外でも、道を挟んだすぐはもう住んでない家が多い。目的地に近づいて行くにつれて、人影もなくなっていく。少し気味の悪さすら感じる。数年前の、事件の記憶が蘇ってきそうだった。
「准はいつもこの向こうで働いてるんだよね」
「そうだよ?」
「すごいなあって」
 荒れた土地の向こうにボーダー本部が見える。普段近くに来ないこともあって、テレビとかでは見ることも多いけど、実際に見たのは何年ぶりかのような気がする。平和ボケしていると言わざるを得ないけれど、やはり目の前にすると、大変なことがあったと思い知らされる気がした。
「自分で選んだことだから」
「……そう、だよね」
 また、こんなすごい人とわたしが付き合っていいのだろうかと不安が襲ってくる。付き合いたいと思ってくれて嬉しいし、付き合えて嬉しいけど、わたしもどこまでボーダーの嵐山准じゃなくて、普通の大学生の嵐山准として見ればいいのかわからない。
 目的地の公園は思ったよりきれいだったけど、使われていないベンチは少しぼろくて、もう何も生えていない花壇のブロックに腰掛けることにした。
「俺も話しておきたいことがあって」
「え、何?」
「うん。……すごく、気を遣ってくれてるのはわかるし、嬉しいんだけど、でも、もう少し、遠慮しないで欲しい」
「遠慮なんかしてないよ!」
「そうかな。気を遣わせて、付き合ってもらってるんじゃないかって、時々感じる」
「付き合ってあげてるなんて思ってない! それは、絶対違う。……准が、すごい人だから、わたしが勝手に空回ってる、だけ」
 准はいつだって自信に満ちてキラキラしてて、笑顔がさわやかでかっこいいのに、こんなに自信がなさそうな顔は初めて見る。
「俺とのことは、人に言いたくない?」
「言いたいよ。言いたいけど、どんどん自信がなくなって、いいのかなって、思っちゃって、負担になりたくないし、わたしと付き合ったせいで、准が何か言われたりしたら嫌だから」
「俺は平気だし、が何か言われたら嫌だけど、隠したいって思っているわけじゃないなら、堂々としてたらいいと思うんだけど」
「それは、そうなんだけど……」
 准のようにはなれないけど、准のお荷物にはなりたくない。できれば対等でありたい。漫画とかドラマみたいに、こっそり付き合うのも、わたしたちには無理そうだ。同じ学校に通っているはずなのに、全然会えないし、会えたら本当はもっとカップルらしいことがしたい。このかっこいい彼氏に愛されてるって思いたい。
「これからは、がんばる」
「ボーダーとか、世間のことは、きっと大丈夫。は何も気にしなくていい」
「……准がそう言うなら」
 そっと、手を重ねられる。座った時に自然と離れたけど、本当は名残惜しかった。ずっと触れていたいと思う。重なった手を繋ぎなおして、ぎゅっと、力を込めた。
「誕生日は、どうしてわかったの?」
「え? それは、友達から、生駒くんたちが誕生日で集まったって話聞いて」
「ああ、それで」
「本当にごめんね。あの時は、初めてのテストだったし、忙しいと思って、だから、あの期間は会わないって言ったの。でも誕生日とか、大事なことは言ってくれてよかったのに」
「それは言わなかった俺が悪かった。それなのに、ありがとう。プレゼント、大事に使う」
 いつも余裕そうな准に、子供のようなことを言ったら、お互い険悪になったり感情的になったり、してしまうんじゃないかと思っていたけど、そんなことはちっともなかった。遠慮せずにもっと早く、きちんと向き合えばよかった。触れた手のひらに安心を覚える。こうして近くにいて、ちゃんと話をできる関係をずっと大切にしたい。
「あと一つ、お願い言ってもいい?」
「うん。何でも言って」
 顔を上げると真剣な顔をした准がいて、なんでも叶えてあげたくなる。わがままを言って欲しいし、甘えて欲しい。彼女の特権、全部使って准のこと、全部知りたい。
「……ちょっと恥ずかしいんだけど」
「大丈夫だよ」
 これはキスの流れかと思ったけど、違うのか。初めてじゃないからそんなに改まることもないのだけど、身構えられると、こちらも緊張してしまう。
「俺の事好きなら、好きって、言って欲しい」
「え?」
 想像してなくてびっくりした。かわいい顔してこんなこと言うの、ずるい。かわいい。好き。かっこいい。こうして思うだけで口を飛び出さない感情が、今までも多かったかもしれない。
「好きだよ」
「俺も好き」
 大人びて、余裕があって、やさしくて、わたしのこと、どのくらい好きでいてくれているのか、わからなくて不安だった。そのまま重なるくちづけと、つないだ手から緊張が伝わってきて、嬉しくなった。
「初めて言ってくれた」
「え? わたし言ってなかった? 本当に?」
「そうだよ。だから、好きじゃないのに、付き合ってくれてるのかなって、不安に思ってた」
「それは、ごめん」
「でも、そうだったとしても、好きになってもらえるように、がんばるだけだから」
「もうすっごい好きだから、がんばらなくていいよ……心臓が、もたない」
「かわいい」
 もう一度、唇を軽く重ねてそのあとはぎゅっと抱きしめられた。余裕そうに見えても准の心臓がドクドク鳴っているのが聞こえる。自分の心音も、こんなに好きだと言うことも、全部、伝わってしまえばいい。