大学が夏休みでも、ボーダーの仕事は忙しい。それでも学校がない分かなり楽だけど、彼女に会いに行く時間はどうにかこうにか作らなくてはいけなくて、それがもどかしい。
 彼女には世間体など気にしなくていいと言ってしまった以上、根付さんには報告をした。「若者に恋愛を禁止させるつもりはないけど、ボーダー隊員として節度のある行動をするように」と、頭を抱えて渋い顔はしていたけど、別れろとか隠せなんてことは言ってこなくて安心した。なんとなく察していた隊のみんなにも伝えれば、祝福してくれたけど、なるべく秘密にするように、と綾辻が佐鳥に釘を刺していたので、自分も親しい人以外はなるべく言わないようにしようと、決めた。
 同級生組のみんなには誕生日を祝ってくれた日に言ってあったが、この先どうなるかわからないと不安をこぼしたこともあり、いまだに柿崎が心配をしてくれていたので、柿崎にだけは、上手く行っていると会った時に伝えた。迅は最初から心配ないと言ってくれていたので、お礼だけ伝えておいた。
 彼女ももう、人前でも「嵐山くん」と呼ぶことはなくなった。照れ臭そうに下の名前を呼ぶ姿がかわいくて仕方がない。外で会うのは人目が気になるかと思って家に招き、家族に紹介をしたら、もう少し長く付き合ってから紹介するものじゃないかと文句を言われた。けど、すぐに母親や妹とも打ち解けてたし、仲良くなれると思っていたので、あまり気に留めなかった。
「この時間でもセミって元気なんだね」
「いつも鳴いてるかな」
「忙しいのに散歩、偉いよね」
「好きでやってることだから」
 ボーダーが忙しくても会えるだろうか、そう遠慮がちに言った彼女と、最近は一緒に犬の散歩をしている。夜遅くなることも多いけど、バイトが終わってから家に送るついでに一緒に夜を歩いたりしている。
「来週の休みは、どうするか決めた?」
「うーん。まだ悩んでる」
「候補は何があるの?」
「山と海」
「それは難しいな」
「海だったら、おいしいもの食べて散策で、山だったらハイキングと日帰り温泉」
「どっちも捨てがたいな」
「でしょ?」
 八月も終わりに近づいている。世間の夏休みが終われば広報の仕事は少し減るし、隊のみんなも学校が始まる。自分一人で九月いっぱい夏休みを満喫してしまうのは申し訳ないと思ったけど、彼女と過ごす時間も大切にしたい。
「次の休みは海にして、来月山にしようか」
「来月も一日休みありそう?」
「きっと大丈夫」
 彼女は笑顔になる。大丈夫、そう言ってごまかしたりしたことは今までにない。なんとかできる。そう自分にも言い聞かせている。
「……准のそういうところ、好き」
「俺だってもっと一緒に出掛けたいって思ってるから」
「うん。わかってる。そういうところも含めて全部ってこと」
「俺ものこと好きだよ」
「……うん」
 暗くてよく見えないから顔を覗き込もうとしたのに、恥ずかしがって見せてくれない。元カレの存在を思い出しては嫌だなと思っていた時期もあったけど、こうして初心な反応をしてもらえると、とても嬉しくなる。きっとこんな彼女を見ていられるのは、自分だけだろうなって優越感。
「そうだ。明後日は午前中で身体が空くんだけど、バイト?」
「明後日は、たぶん夕方からだけど、時間あるかな」
「それなら佐鳥とハンバーガー食べに行こうかな」
「え、なんで? 来なくていいよ。恥ずかしいし」
「たまには働いてるところ、見たい」
「それならわたしだって、准が仕事してるところ、たまには見たい」
「ボーダーの隊員募集のイベント、何か来れるようなのがあったら声かけるよ」
 セミが近くで鳴いているのか音が大きくなる。特に意味はないけどぎゅっと彼女の手を握れば、彼女も握り返してくれた。今年の夏は過ぎるのが早かったけど、長かった気もする。こんなに一つのことに悩んだりしたのも久しぶりだったし、楽しかった毎日がもっと楽しくなったり、いろんなことがあった、濃度の高い夏だった。八月が終わっても、まだ暑い日が続くだろうし、彼女と過ごす時間も続いていく。
 今年の夏は特別だった、そう思えるような未来をこれからも彼女と一緒に生きていけたらいい。なんでもない今日みたいな日に、そう思えたことは、きっと幸せだからだと痛感した。