好きな女の子と付き合えることになったのに、なんでかずっともやもやが消えなかった。あの日は素直に嬉しいと思ったし、初めて見る表情とか、自分を選んでくれた事実とか、舞い上がりそうになる気持ちを抑えていた。それなのに、そんな高揚感はすぐにしぼんで、実感が薄れてしまった。
 自分が何かをして、彼女の気持ちを動かせた手ごたえが全然なかった。一緒に出掛けられたのも、たった一日だけ。楽しそうにしてくれていたけど、友人の域を出ないのではないかと不安が消えなかった。彼女の特別な存在になるために、一体どうしたらいいのか、悩んでも答えは出てこないし、ボーダーの仕事も少なくない状態で、今はまだ、上手いアプローチが出来ていたとも思えなかった。勝手な話だけれど、時間をかければ、彼女の気持ちは例の元彼から自然と離れて、自分へ向いてくれると信じていた。そのために、夏休みは何ができるかとか、いろいろと考えていたのに、あっさりと、元彼のおかげで、と思いたくもないのに、付き合えることになってしまった。
 あの夜、電話をかけたとき、二十九日の予定を聞こうと思っていた。急展開ですっかり忘れてしまった。学校で話せばいいかと思っていたものの、今日の授業はあまりかぶっていなかった。来週にはテスト期間が始まってしまう。そんな中でゆっくり会えるかも少し怪しいけれど、少しでも、会いたいと思っていた。

「弓場が二十九日の夜、店の予約したって」
「ああ、連絡来てたな」
「もうテスト期間なのにみんな余裕そうだよな」
「太刀川さんが何とかなるって言ってたから安心してるところはあるけど」
「……たしかにそれは心強い」
 大学から本部へ向かう道中、柿崎と一緒になった。目前に迫った大学のテスト期間は初めてのことで、疲れが見える。そういう自分も、少なからず戸惑いはある。高校のテストと違って、自分の考えを書くようなものも多いらしいと聞いた。どんな対策をしておけばいいのか、それすらよくわからない。
誕生日のことも、一度タイミングを逃したら言い出しにくくなって、いつ言おうか悩んでいるうちに、弓場からの誘いが来た。他の同級生の誕生日祝いもいつも企画してくれていたから、予想はしていたことだけど、彼女へはどう話そう。そもそも彼女の予定だってまだわからなくて、会えるのかすら怪しい。そうなれば当日に会えなくても、仕方ないような気持ちもわいてしまう。
「そういえば、生駒はよく齋藤さんと勉強してるらしいな」
「生駒があんなに勉強熱心だとは思わなかったよ」
「……嵐山は、その、どうなんだ?」
 生駒は齋藤さんのことをかわいいとは言うけど、何か進展があったとかそういう話は聞かない。さんもじれったいよねって言っていた気がする。その話をしようかと思っていたのに、自分へと矛先が向いたことにびっくりしてしまった。
「いや、言いたくないならいいんだ。ただ、この前佐鳥が、その……」
「まったく、あいつは口が軽いな」
「佐鳥を責めないでやってくれ。しまったって顔してたし、俺も本当は嵐山には言わないつもりだったんだ。でももしさんといい感じなら、誕生日を俺たちと過ごしてていいのかって思って……」
「大丈夫。問題ない」
 そう笑顔を作れば柿崎は安心した顔をしたけど、自分でも、一体何が問題ないのか、何も考えずに返事をしてしまっていた。気を遣わせそうだから、彼女と付き合うことになった話は、みんなで会う時にすることにした。