ボーダー本部からの帰り道。市街地まで出て、電話を鳴らした。今日の任務の前に、佐鳥がお姉さんに会いました、と謎の言葉をつぶやいてハンバーガーをかじっていた。相手が誰だか検討はついたし、佐鳥はあの店の常連だからいつかは知られると思っていたけど、こんなにも早いとは思いもしなかった。
この前の休日に水族館へ行った、と口にしたのがまずかった。家族とですか? と時枝が言ったのに対して返事を濁したせいで、誰だと佐鳥が盛り上がってしまい、彼女じゃないと言ったものの、木虎が広報として困るんですからごまかすのはよくないと思いますと言って、大学の友達だと言う羽目になった。バイト先も言ってしまったのは余計だったけれど、なんとなく、普段話題にならないような話で浮かれてしまったのかもしれない。
電話はすぐに繋がった。きっとバイトだったと思うし、閉店時間からは少し経っているからもう家にいる頃かと思っていた。でも違った。そして、一番言って欲しかった言葉を聞けたのに、泣きそうな声だった気がして、喜びよりも不安で胸がいっぱいになってしまった。
彼女に気持ちを伝えた公園が近いと言ったから、走って向かった。あの時と同じベンチに座っている。ゆっくり近づけはこちらに気が付き、彼女は駆け寄ってきた。
嵐山くんのやさしさが、今のわたしには染みた。好きだと言ってくれたあの日よりも、ずっとずっと今の方が嵐山くんの魅力もわかる。こんなわたしに気持ちを寄せてくれたことも、素直にうれしい。元彼のことは、かえってすっきりした。高校時代の思い出の、半分以上を一緒に過ごしている彼を、忘れられる日なんて来ないと思っていた。でも、もうあんな勝手な男を信じてまた付き合えるほど、馬鹿ではない。嵐山くんがいなかったらもしかして、わからなかったかもしれないけど、元に戻ってまた同じように傷つくかもしれない選択を、今の自分ができるはずもなかった。
声を聴いたら、すぐに言わないといけないと思った。今わたしの隣に居て欲しい人は、間違いなく嵐山くんだ。たとえ嵐山くんと付き合って大変なことが起こっても、それはその時に、嵐山くんと一緒に悩めばいい。一人で悶々としていたって、なんにもならない。
顔を見たら、とても安心して泣きそうになって、公園に入ってくる嵐山くんを出迎えた。
「えっと、その、大丈夫?」
「うん。ごめんね急に」
「いや、俺は大丈夫だから。何かあったなら、聞かせて欲しい」
あったことを話したくない、と言うよりは、もう思い出したくなくて、どう話すか戸惑っていたら、とりあえず座ろう、とうながしてくれた。
「嫌だったら、無理しなくていいから」
「嫌じゃないよ。大丈夫……あの、前に付き合ってた人がまた来て、それで、すごく嫌なこと言われたの」
きっとあの男はわたし以外の女の子といい感じになったからわたしから乗り換えようとして、けど理想と違って戻ってきたんだと思った。そうして自分と同じことになると言った。わたしの頭の中に浮かぶのはもう嵐山くんだけで、付き合うことに確かにまだ不安もあったけれど、短い間でダメになるような、そんなことはきっとない。そのためにもらった時間もたっぷりあった。
「それで、怒る気持ちよりも悲しい気持ちになって……うまく言えないけど、なんで、ずっとこの人に執着というか、忘れられなくて、嵐山くんを困らせてたんだろうって思って」
嵐山くんを見上げたらいつもと同じやさしい表情で見守ってくれていた。
「だから、嵐山くんと、付き合いたいって思い、ました」
「話が急だったからびっくりしてたんだけど、本当に、いいの?」
「うん」
まじまじと、顔を見て、こんなにイケメンが自分の彼氏になるってすごいな、などとよくわからないことを考えていた。自分のことを好きって言ってくれたのも奇跡だし、付き合わないって、どうしてそんなこと考えてたのだろう。
「さん」
「は、い」
真剣な顔で名前を呼ばれて、緊張した声で返事をした。好きです、とつぶやかれた言葉には、はっきりと、わたしも、と返せた。