もう会いたくなかった男と、またこうして遅い時間のファミレスで向かい合って座っているのは、自分が弱いせいだ。嵐山くんと水族館へ行った日から、元彼の連絡はほとんど無視していた。拒否にまではしなかったのは、そこまでしなくてもいいかという、どこか楽観的な自分がいたから。これからは嵐山くんにちゃんと向き合おうと思って、元彼のことなど気にも留めていなかった。でもそのせいで、この男はわたしの前に現れて、誘われたご飯を断れなかった。
「最近返事くれないから」
「別に、バイトとか忙しかったし、内容だって大した事じゃなかったでしょ」
「……彼氏でもできたかと思った」
 わたしと別れた自覚はあったのか、と当たり前の事を思った。何も言わず連絡したり会いに来たりして、そのことに腹が立ったりもしたし、知らんぷりして元に戻ろうかと思ったりしたし、この男の行動でずいぶん振り回されたと思う。
「わたしたち、もう別れたんだし関係ないでしょ」
「彼氏、できたんだな」
「答えたくない」
 なんでか泣きたい気持ちになった。食欲ももうない。頼んだパスタはまだ半分しか食べれてないけど、もういらないし、この場から立ち去ってしまいたい。
「お前の事、まだちゃんと知らない奴だろ。どうせ、すぐ別れることになる」
「……何でそんなこと言うの」
 目の前の男の発言で、完全に冷めた。自分はなんでこんな男を好きになってしまったんだろう。なんでこんな男のことで傷ついて、悩んで、時間を無駄にしてたんだろう。とても悲しい。
「俺は経験したからわかるんだよ。大学入って、一人暮らしも初めて、やっぱり学校が違うって障害だなって思って別れようって言ったけど、でもお前じゃなきゃダメだった」
 いい訳なんてどうでもよかった。最初に言わないんだからもう聞かなくてよかった。友達が言い放った「きもい」って言葉が頭の中に響いた。
「わたし帰る」
 財布から千円を取り出してカバンを持って立ち上がる。このスパゲティは六百円くらいで多いけども面倒くさい。おつりもいらない。そんな小銭よりも一刻も早くこの場から立ち去りたい気持ちでいっぱいだった。

 お店を出て少し歩いた。走り出したかったけど、暑いしバイト終わりだったしそんな元気はなかった。遠回りだけど普段通らない道を選んで進む。悲しい。なんであんなことを言うのだろう。さんざん自分勝手なことをしてきて、挙句にあんなことを言うなんて。わたしが傷つくと、想像できなかったのだろうか。付き合っていたころからそう言う無神経なところがあったけど、もう恋人でもない相手だ。我慢して聞く必要もない。でも好きだった。そう思うから、怒る気も起きず、ただただ悲しい。
ぼさっとしていたら電話が鳴って、元彼なら無視しようと思って一応相手を確認したら、違った。
「もしもし」
「もしもし。今、大丈夫?」
「うん」
 嵐山くんの口調はいつだってやさしくて、安心する。こういうタイミングで連絡をくれるの、神様がわたしたち二人が付き合うように言っている気がしちゃう。
「今日佐鳥がお店に行ったって聞いて、何か話したかなって思って……まだ外?」
「うん。帰り道」
「そっか。俺も今帰りなんだけど、近くにいるかな? 送るよ」
「嵐山くん」
「ん?」
「わたしと、付き合って」