今すぐにどうってことじゃない。そう付け加えられた言葉にずっとくらくらしている。今はまだ考えられないと思うから、ゆっくり考えて欲しい、と。そして、よかったら今度、休みの日に出かけないか、と言う問いかけに頷くことしかできなかった。
もう考えたくないのに頭の中でずっと、再生されてドキドキしてしまう。本当に現実なのかとも思うけど、その日以来、他愛のない連絡がくるようにもなった。
これで嵐山くんを好きにならない女はいないと思う。でも元彼を完全に忘れられていないのに、嵐山くんの気持ちには応えられない。あの真っすぐな目に不純な気持ちを持ち込めない。そして、わたし達が釣り合っているとは到底思えなくて、背伸びして付き合っても、楽しくないんじゃないかとか、不安が大きくなっていく。わけがわからない混乱が、また種類を変えて襲ってくるなんて、一体どうするのがいいのかもよくわからないまま、梅雨明けが発表され、夏になった。
世間の夏休み前の週末は、思ったより人が少なかった。駅前で待ち合わせをして、一緒に電車に乗った。三門市内で有名な嵐山くんと一緒にいるのはちょっとどうなのかと思っていたから、嵐山くんが提案してくれた少し遠出はありがたかったし、夏っぽくてわくわくした。
「チケットいくらだろう?」
「もうあるから大丈夫」
「え?」
横にいた嵐山くんを振り向いたらもう手にチケットが二枚あった。道中も普通に会話が途切れることなく続いて、こんなにも用意周到で、嬉しいのだけど、そこまでしてくれなくてもいいのにという気持ちにもなる。同い年だなと思う時もあるけど、でもずっと、わたしなんかよりも大人で、ましてや元彼など比べ物にならないほどにできた男だ。
「行こうか」
「うん。ありがとう」
一歩先を歩く嵐山くんの背中は大きくて、頼りたくなってしまう。飲み物とか、軽食のお金は嵐山くんの分も出そう。そう決めた。
嵐山くんがイルカショーを見ようと言ったので、最初にそこへ向かった。会場へ入るといい場所はもうほとんど埋まっていて、どうする? と聞いたら、いいところがまだ空いてると言って、最前列に連れていかれた。最前列なんて絶対濡れるから少し嫌だなとも思ったけど、楽しそうにしている嵐山くんはとても子供っぽくてたまにはいいかって気もしてしまった。売り子のお姉さんからビニールシートを購入して、飛んでくるだろう水しぶきに備えた。
「思ってたよりもすごかったな」
「うん! すごく近くて迫力すごかった」
「一番前でよかった?」
「嵐山くんのおかげで濡れなかったしね」
「楽しそうでよかった」
「うん。楽しいよ」
会場横のイルカの水槽を見て回りながら感想を言い合った。甘い空気って感じがして、少しむず痒い。そういう関係に向かっているのはわかっている。嵐山くんはかっこいいし振る舞いスマートだし、絶対大事にしてくれる。幸せになれる。そうはわかっているのに、元彼と比べてしまっている時点で、何か違うような気がして、嵐山くんときちんと向き合う自信もなくなって、どうしていいかわからなくなった。