デートに誘う。簡単そうですごく難しいと気が付いたのは、連絡をしようと文面を考えていた時だった。デートに誘うならまずこうなった経緯を話すべきじゃないか。でもそれを全て話した上でデートするって、迷惑すぎやしないだろうか。わたしだって完全に嵐山くんのことを好きって気持ちでもないし、そもそも異性としてあまり意識をしていない。よい友人関係を作れたら、って思っていた段階だ。それに嵐山くんもわたしのことを同じように思ってくれてたとしたら、急にデートしてくれだなんて、コイツ俺に気があるのか? みたいに思われても仕方ない展開なのに、元彼を忘れるためだなんて、都合がよすぎる。そもそも嵐山くん、すごい忙しくて大学にもあんまり来れてないのに、どうしてこんなどうでもいいことに時間を使ってくれると言うのだろうか。ふざけてるにも程がある。
けど心のどこかで、嵐山くんに元彼の話をしたら、楽になれるのではないかと思っている自分もいた。きっと今はやさしくしてくれる誰かに、甘えたいんだ。友達はわたしのことを思ってアドバイスをくれるし、それを嫌だとは思ってないけど、気持ちが追いつかなくて泣きたくなることもある。けどきっと嵐山くんなら、わたしに対して優しい言葉しか言わないだろう。こんな風に甘えてしまいたいと思っている時点で、もう十分甘えていると気が付いて、連絡を入れる決心をした。
そろそろ梅雨が明けようとしていた。雨上がりの夜は肌寒いかと思えばそんなことはなく、夏のじめっとした空気に覆われていた。嵐山くんをいきなりデートに誘うことは無理だったので、とりあえず、友達として、話を聞いてもらおうと思った。友人がこんなことで納得するかはわからないけど、二人で会って、ゆっくり話をして、それでもわたしの気持ちが元彼に引っ張られ続けるようであれば、もう嵐山くんに迷惑をかけるのをやめようと、そう決めた。案の定忙しい嵐山くんとはなかなか時間が合わなくて、嵐山くんのボーダーの仕事帰りとわたしのバイトの終わりが同じような日に、会う約束をした。
「ごめん待ってもらっちゃって」
「全然。俺が勝手に早く来ただけだから」
わたしのバイトが終わるより早い時間に嵐山くんはお店に来た。飲み物だけ注文して、待っていてくれた。わたしが帰り支度のために引っ込んでいた間に嵐山くんは先にお店を出て、外で待っていてくれた。なんだか恋人同士の秘密の待ち合わせのようで、ちょっとだけときめいた。なんだか本当に、わたしだけ嵐山くんのこと好きになったりしてしまうんじゃないかって、不安にもなった。
「どこか入る? 公園でもいいし」
「そこの公園にしようか」
少し先に公園が見えた。近くにファミレスもあったけど、元彼と行ったそこへは行きたくなかった。それに人がいなそうな公園のほうが、落ち着いて話ができる気もした。
「あ、何か飲む?」
「うん。ありがとう」
誘ったのは自分なのに、あれもこれも嵐山くんのペースだった。さっさとポケットから財布を出してお金を入れてしまったし、自分もカバンから財布を出そうと思ったのに止められた。申し訳ないと思いつつ、甘えてしまう自分もいて、サイダーのボタンを押した。嵐山くんも同じボタンを選んで、なんでもないことなのに、ちょっとだけ嬉しい気持ちになった。
少しだけ湿っぽい気がするベンチに並んで腰掛ける。買ってもらったサイダーをひとくち飲んでから、話を切り出した。
「あのね、わたし、高二の時から付き合ってた人がいて、四月に振られたの」
「うん」
「それもメールで急に。意味わかんなくて、けどどうしようもできなくて、ずっと落ち込んでて、それで友達もみんな心配してくれて……」
「うん」
「それから嵐山くんたちと会って、わたしもそろそろ落ち込むのやめたいと思ってたし、いい機会かなって思ってたの。けど、また元彼から連絡がきたりして、自分でもどうしたいのかよくわかんなくなって。嵐山くんやさしいから、つい、頼っちゃったんだよね」
嵐山くんにとっては正直どうでもいい話なはずなのに、ちゃんと聞いてくれた。もたれかかったら、一緒に倒れそうになる元彼とは違う。でもだからこそ、ちゃんと一人で立てていられたんだと思う。嵐山くんに甘えていたら、きっとわたしはだめになる。そんな気もしてしまう。
「……俺の話してもいい?」
「うん。ごめんね、わたしばっかしゃべった」
「それは大丈夫。話聞くって約束だったし。……実は俺、大学入る前に、さんに会ってたんだよね」
「え?」
「思い出したのも、さっきなんだけど。高校生の時って、髪型違ったでしょ? 雰囲気違ってたから、気付けなかった。たぶんさんが働き始めてすぐくらいかな、後輩、佐鳥って言うんだけど、そいつと一緒にあの店に行ったことがあって」
「佐鳥……ボーダーのよく来る人かな、高校生の」
「そうだと思う。好きでよく食べてるから……えっと、それで、商品の入れ間違えがあって、謝ってくれたってことがあって」
「ごめん! 新人の時はもう、てんぱっちゃって結構いろいろやらかしたから記憶も曖昧なんだけど、本当にごめん」
責めるつもりがあるわけじゃないのは、嵐山くんの穏やかな口調とやさしい表情で伝わってくる。でも、この話題が何を意味するものかは、全然わからない。
「その時もすごい謝ってくれて、別に俺たちも怒ってないし、これから頑張って欲しいなって思ったんだ。それから何日か後に、店の前通った時、ふと思い出してお店を覗いたんだ。そしたら笑顔で働いてるさんがいて、この子いいなって」
「え、これ何の話?」
「さんのことを気になった理由の話」
「どういうこと?」
ドキドキとうるさくなる。この流れってつまりそういうこと? 嵐山くんに気があるような態度ってとってないよね? 勘違いとか、させてしまってないよね? と言った不安と、普通に嵐山くんの表情がやさしくてそわそわしてしまう気持ち、どっちが大きいか、今のわたしにはわからなかった。
「一目惚れとかって、あんまり信じてなくて、だから自分もそんなんじゃないって思ってたんだけど」
「……うん」
「あの時から気になってたから、好きになったのかって納得できて、ちょっとすっきりしたんだ」
隣の嵐山くんは前を向いていたのに、体ごとこちらに向けて、今のわたしには受け止めきれそうにない言葉をつぶやいた。