土砂降りの雨。もうすぐバイトが終わる時間だと言うのに、なんともついていない。明日は休日だし、少しどこかで雨宿りしてから帰ろうか。来るときも降っていたから傘はあるけど、雨が強くて濡れないのは無理そうだ。梅雨だから仕方ないけど、なんでこうもタイミング悪く強くなるのか。
帰り支度を終え外へ向かう。外気は肌寒い。明日までこんな調子なんだろうかと考えながら傘を開く。早く夏にならないかな。暑いのは嫌だけど、こんな雨よりはずっといい。
「お疲れ様」
「……なんで?」
「返事くれねーから、来た。寒いしどっか入ろうぜ? 腹減ってる?」
会いたくなかった。連絡は最終的に無視もしたけど、最初にしっかり会いたくないと伝えたはずだ。なのにこうやって自分勝手に振舞ってムカつく。たった数か月会っていない間に大人びた男は、もう知らない男みたいなのに、なんで鼓動はずっとうるさいのだろうか。
近くのファミレスに入り、食事をし、他愛もない話をして、家の前まで送ってもらって、「じゃあまた」そう言って元彼は帰って行った。進学が決まってからずっとあの店で働いていたけど、会いに来たことなんて一度もなかったのに。態度もいつもどおり。高校生のわたしたちの距離感のまま。一体何を考えてわたしの前に現れたのかはわからないけど、そんなのどうでもいい気持になった。隣を歩いた時、お互いが傘を広げた距離感がちょうどよくて、元恋人同士って一体どんな関係性を保っているんだろうなんて考えた。なんで会いに来たのか、なんで別れたのか、新しい彼女ができたのか、何も聞けなかったし、何も話題には上がらなかった。大学がどうだとか、一人暮らしで失敗した話とか、そんな話ばかりだったけど、やっぱり彼との時間は安心した。
嵐山准と同じ大学だった、とは言いかけてやめた。なんでか嵐山くんに後ろめたい気持ちになってしまったから。気に入ってもらってるのかもと思うことはあるけど、実際問題特に何もない訳で、でももしも、嵐山くんがわたしを選んでくれるのなら、それは嬉しいと思う。ファンとしてなのか、女としてなのかはまだわからないけど。そんな妄想をしては、何を考えているかわからない元彼のことを考えるのをやめていた。
「!」
「あ、おはよう。一緒だったんだ」
火曜日は二限からで今日は、ちょっと早く来てラウンジでレポートをしようかと思ったら、友人と生駒くんが一緒にいて声をかけてくれた。
「お邪魔じゃない?」
「うん。それよりこれわかる? 今二人でわかんないから困ってたところなの」
いい感じっぽい二人を邪魔したら悪いと思ったのに、友人は自分の隣の椅子を引いて、座るようにうながした。
「ここなんだけど」
「うーん、これ何か抜けてない? ノートが間違ってる気がする」
「あ、嵐山きた」
どきりとした。一緒にご飯を食べた後、まだ会ってなかった。しかもその後に元彼が現れたせいで、頭の中はぐちゃぐちゃだし、元彼のせいで嵐山くんのことも変に意識してしまう気がする。
「おはよう。みんないたんだ」
「呼んどいて悪いんやけど、解決したかもしれへんねん」
「それならよかった。俺その授業、先週出てないからたぶん役には立てなかったと思う」
「本当だ! ここ抜けてるじゃん。生駒くん解決した。ありがとう」
「ほんま、ありがとう」
「いえいえ。でも偉いね、二人で勉強してるなんて」
友人がいい人といい感じなのがとても嬉しくて、にやにやしてしまう。無意識で嵐山くんに目配せをしてしまって、少しだけ恥ずかしくなった。
「ちゃん、こんなええ子なんに、振る男がおるなんて考えられへんなあ」
悪気があるとは思えないのだけど、その場の空気が変になったのは言うまでもない。嵐山くんはわたしが失恋をしたのは知っているはずだけど、特にそう言った話は今までにしてこなかった。聞かれたら答えるつもりでいたけど、こんな形で話題に出るとは想像もしていなかった。それに、一時期落ち着いていたはずの気持ちも、今はかき乱されているせいで、こういう時にどんな顔をしていればいいのかわからなかった。
「本当! には早くいい人が現れてくれたらいいんだけど」
友人のフォローが嬉しいけど、元彼とよりを戻す選択肢も完全にないと言い切れない現状が、またざわざわと心をかき乱す。
「俺もノート借りてい? 授業出てないし」
「どうぞどうぞ」
嵐山くんは特に何も言わず、いつもの笑顔だった。連絡先を聞いてくれて、連絡をくれて、ご飯を一緒に食べたけど、それだけの関係だ。わたしのことだってきっとなんとも思っていない。少しだけ期待していた自分が恥ずかしい。それに嵐山くんは元彼とは違いすぎて、わたしみたいな女が嵐山くんとどうにかなるなんて、ありえない。かっこいいとは思うけど、好みではないし。嵐山くんだって、わたしと仲良くなれそうって思ってくれたのかもしれないけど、ボーダー隊員だし、恋人候補になんて思っていないだろう。