「こんにちは」
学食にいたら、目の前に嵐山准が来て話しかけてきた。学校内で見たのが初めてで、びっくりしたけど、本当に普通に学生生活を送っているんだって、同じ人間だなんて馬鹿みたいなことを考えた。
お昼休み以外はほとんど空いてる学食で、バイトまでの時間つぶしをしていた。今日の授業は全部終わって帰ってもよかったけど、街を歩くと無駄遣いしちゃうしと、一人で残ってだらだらしていたところだった。
「本当に大学いるんだね」
「いるよ。けど、実はあんまり来れてないんだけど」
ボーダーの仕事も、嵐山隊は広報担当だから他の人より多いんだと聞いた。バイトをすると働くことの大変さがわかるけど、ボーダーってわたしなんかの百倍くらい大変じゃないんだろうか。よく大学にも来れるもんだ。
「授業の空き?」
「授業はもう終わり。バイトまでの時間つぶし中。だからみんな先に帰っちゃったの」
わたし一人で嵐山准に会ったなんて言ったら羨ましがられてしまうな。
「嵐山くんは?」
「休んだ分の穴埋めレポート、出したかったんだけど教授が授業中だから、それの終わるの待ってる」
「そうなんだー」
学校を出たい時間まであと二十分はある。今の時間の授業もあと三十分くらい。この人と二人きりで、一体何を話せばいいんだろう。そわそわして嫌だ。そう、元彼は一緒にいて無言が続いても、気まずい雰囲気にならないところが好きだった。
「さんは、バイトは何してるの?」
「ファーストフードでスマイル売ってる」
セリフと共に、大げさに笑顔を作って見せた。だいたいバイト先の話になると、みんなにスマイル売ってるの? って聞かれるから先を打ったボケのつもりだった。けれど嵐山くんがやさしく微笑むので気まずい気持ちになった。無理はするもんじゃない。滑ったとかじゃなくて、恥ずかしい。
「無理に笑うの、得意になったらよくないと思う」
「嵐山君のは、にじみ出た笑顔って感じだもんね」
「そう言うことじゃなくて、うーん、楽しい時だけ、いっぱい笑えばいいんじゃないかな、って」
「バイトもちゃんと楽しいよ」
楽しい。嘘じゃない。常連のおじいちゃんが優しくしてくれたり、高校生の男女が楽しそうにメニューを見てたり、三門は今日も平和で良かったなって柄にもないこと思ったりするし。でも三門に、彼がいないことを痛感して悲しい気持ちが共存しているだけ。
「いい言い方が思いつかないな」
「励ましてくれようとしてる?」
「うん。でも上手いこと言えなかった」
きっと嵐山くんは、わたしなんかよりもずっと、想像のできない苦労してきていて、それでも広報担当としてみんなのヒーローを演じて、普通の学校生活だって不便なこともあるだろうけど、心の底から楽しそうにどっちも両立させている。わたしの悩みに比べたら、もっと大きいものを抱えてるであろうこの人に、心配してもらうようなことじゃない。
「時間がかかるかもしれないけど、わたしは元気なわたしをちゃんと取り戻すから、大丈夫だよ」
「もし何かあったら、相談乗るから連絡して」
合コン参加者グループはあって、個人的に連絡を取ろうと思えばできたけど、恐れ多くて誰も嵐山くんには連絡してないって言っていた。相談だって今の流れ的に機会があれば、そういう意味だと思った。そもそも失恋の悲しみを、どうして人気者でイケメンの嵐山准に相談するというんだ。そしてそんな話を聞くほどひまじゃないはずなのに、嵐山くんはやさしすぎて、話すのがつらい。
「電話番号、交換しよう」
今の時代に、電話番号の交換なんてほとんどしない。よっぽど仲良くなった人とか、必要が出たときに初めて聞くものだと思っていた。きちんとした仕事をしてる人だからなのかな。落ち着いているし、他の同級生にこんな振舞いできる人なんているのかな。スカスカの電話帳に、嵐山准の文字は眩しく見えた。