大学生ってもっと楽しいものだと思っていた。期待していたより普通。お酒が飲めるようになったらもっと楽しいことがあるのだろうか。今の生活がつまらない理由なんてたった一つしかなくて、わかっているけど、目を反らしたい気持ちになる。
「なんか楽しいことないかな」
「なんか大学生っぽいことしたいよね」
「あ、同じ授業に生駒くんて男の子がいるんだけど、関西弁で面白くて、今度合コンしようって誘ってみる? 彼女はいないっぽいこと言ってたから大丈夫だと思う!」
 学食で昼食を食べながら、女四人でもうすぐ夏だし何かしたいよねと言う話になった。アウトドア系の提案が出たけど、バーベキューとかを女だけでするのは準備も大変だし味気ない。彼氏がいる子もいるけど、会ったこともあるその彼氏はみんなで出かけたりするタイプではなかった。
「いいじゃんそれ! 大学生っぽい」
「えー、知らない男の子ってなんか面倒」
「半分くらいはのためなんだからね!」
「そうだよ。いつまでも暗い顔してないで新しい出会い探そう」
「それならたぶんうちの彼氏もオッケーしてくれるから、人数合せで行く。楽しそうだし」
 それなら早速、と友達がその場で関西弁の生駒くんて人に連絡を入れて、とんとん拍子に話が進んだ。まだ全然そんな気分にはなれないけど、まわりのやさしさが嬉しくて、恋人探しと言うよりは、普通に友達を増やすつもりで行けばいいかと、楽観的に考えていた。長い夏休み、今はレンタカーだってあるし、免許があればどこへでも行ける。女だけで遊ぶのも楽しくて大好きだけど、彼氏がいた方がもっと人生が楽しい。それは知っているから、みんなで楽しい夏にしたいって思ってた。

 彼に別れたいと言われたのは、大学生活が始まってまだ一ヵ月も経っていない時だった。高校二年の時から付き合っていて、大学は別のところへ行くことになったけど、長い付き合いだし今更少し離れたくらいでそんなに寂しいこともないと思っていた。でも毎日会えていたのに会えないとなるとちょっと寂しかったし、四月はいろいろ忙しいと思うから会うのはゴールデンウィークにしようと決めていて、その日が待ち遠しかった。でもそれはわたしだけで、彼は新しい大学生活がわたしなんかよりもずっと魅力的だったらしい。
 会う約束をした一週間前、電話が来て、唐突に別れたいと言われた。電話だけなんかじゃ無理だと思ってせめて約束の日は会って話がしたいと言ったけど、それも断られた。意味が分からなくて、気持ちの整理なんてつけられなくて、ただただ悲しかった。彼と同じ大学だったはずの子に連絡をとり、何か知っているか聞いたら、どうやら垢抜けたかわいい女の子と入学直後からずっといい感じらしいと知った。ゴールデンウィークの、会うはずの日だった。
 そんなクソみたいな男別れて正解だと、みんなが慰めてくれたけど、それでも好きだったし、今でも嫌いになり切れなくて、ぽっかり空いてしまった穴を埋められそうになかった。くよくよしていても仕方ないのはわかっているけど、ふとした時に、大学生になったら彼としたいと思っていたことを思い出して、切なくなる。
 このワンピース、次のデートで着ようと思って下ろしそびれたんだった。そんなことを考えながら鏡の前に立つわたしはあんまり上手に笑えていなかった。でも連絡のやり取りを見るに生駒くんとやらはいい人っぽくて、普通に学校の人と楽しい時間を過ごせばいいと言い聞かせて、例の合コンへ行くためカバンを肩にかけた。


「嵐山准、だよねあれ」
「うん。ボーダーの嵐山隊の人だよ。初めて私服見た」
「え、嵐山准呼べるとか生駒くん何者なの」
 お店に近付き集団が見えてその中に生駒君がいると、幹事の友達が手を振ろうとした時、その中に嵐山准がいることに気が付いた。確かにボーダーの基地は三門市にあるし、雑誌やテレビに出てる嵐山隊の人たちが遠くないだろう場所に住んでいることも理解していた。けれど街中で見たのは初めてだ。
「嵐山准て同い年だったよね」
「そうだよ。第一高校の三年だったもん。え、今大学生?」
「生駒くんに早く声かけてきて」
 一人を送り出すと残った二人が手鏡を出して顔面チェックし始めるのを見て、思わず笑ってしまった。期待してなかったんじゃないのか。と言うか彼氏いるのにそれはずるいじゃん。
「ほら、早く行こうよ。抜け駆け厳禁」
「いやいや下心ではなく、半分芸能人みたいなもんだし、少しでも良く見られたい」
「そうそれ。付き合いたいとか思ってないけどよく見られたい。いや、私は気に入られれば付き合いたい」
 もそうでしょ? と言われたけど、正直何も考えられなかった。彼とのデートで着るはずだったワンピースのせいで、思い出に引き寄せられてしまう。たしかにかっこいいと思うし、友達とかになれたら嬉しいと思う。でもテレビの中の人って現実味がなくて、恋愛対象かと言われると首を傾げてしまう。


「こういうの苦手だった?」
「いや、そういう訳じゃ……」
「この子、失恋したばっかりなの」
「だからたまには男の子と遊べたらいいなって思って、生駒くんにお願いしたんだよね」
「みんなかわいいし、その上やさしいんやなあ」
 みんなが楽しそうにしているから、楽しくしていたいのに、彼に合コンで嵐山准に会ったとか言って、嫉妬されたりしてみたかったなとか、考えてしまう。空気を壊したりしないように、気を遣っていたつもりなのに、目の前にいるイケメンはそれでも気が付いて、気にしてくれるらしい。見た目だけじゃなくて、性格もこんなにいいなんて、女子が浮かれる気持ちもよくわかる。テレビや雑誌のそのまんまだ。
 自分にだけ聞こえるような声で、無理しないでね、と笑顔を向けられて落ちない馬鹿な女はわたしくらいじゃないだろうか。やさしくして欲しいけど、それは嵐山くんじゃない。
 合コンと呼ぶには幼い、高校生の延長のような中身の食事会は、思っていたよりは楽しかった。同年代の男女が集まって、くだらない明日には忘れているような実のない話で盛り上がり、同じ学部だったと知ってテスト前に一緒に勉強できたらいいねと口約束を交わしたりした。こんな時間をもっと過ごせたら、彼への未練も思い出も、すっかり忘れて新しい恋が出来たりするのだろうか。