SS「きみの彼氏になりたい」より

 時々辻くんと一緒に帰るようになったのは、最近のことだ。辻くんとは二年で初めて同じクラスになったけど、女子とは話さない。みんなそれが当たり前に過ごしていて不思議だった。女子が苦手だと言うのは、あとから知った。
 学校帰り、いつも一緒になるなと、ずっと思っていた。帰り道の前か後ろにクラスメイトがいると気付いてはいても、友達でもないし話もしたことないし、ずっと特に何もなかった。一週間に一回は、お互い一人で歩いていて、家は近くないはずなのにどうしてなんだろうと思っていたら、辻くんはボーダー隊員なのだと聞いた。
 数年前に起きた大規模侵攻のあとにできた組織。詳しくは知らない。でも、同級生がボーダー隊員だと知って、その存在は一気に身近に感じた。
「辻くんて、家こっちじゃないよね?」
 信号待ちの時間。少し距離をとって立つわたしたちもいつものこと。でも今日は、他に日ともいなかったから、ついに話しかけてみた。
 四月から、なんとなくいつも近くに存在を感じていたというのに、もう冬休み近かった。気まずくなっても、冬休みになるしいいやと思ったから。
「……う、ん」
 無視されるかもと思った。クラスで女子に話しかけられているときは、ちょこちょこ無視をしている。というか、だいたい近くの男子が代わりに返事をして、辻くんは無言でいるパターン。無視しているわけではないと思うけど、そういうのを見ていると、話しかけようとも思わなくなる。
 ゆったりと時間をかけて返事を噛みしめていれば信号が変わる。同じペースで歩きはじめる。ずっとこうして同じ道を帰っているんだから、少しくらい、話せる仲になれたら、いいなとちょっと思った。
「いつもボーダーに行くの?」
 続けて聞いたら辻くんはびっくりした顔をする。辻くんがボーダー隊員だなんて、クラスメイト全員知っているのに。
 今度は辻くんは黙ってうなずいた。全然目が合いそうにない。ちょっとだけ、悲しい気持ちになる。女子が苦手、って、どんな風に苦手なんだろう。男子が苦手というわりに、普通に話したりする女の子はいる。そういうのとは違いそうだけど、どの程度、どんな風にダメなんだろう。ボーダーの子とは、話さないなんてことないだろうし。
「わたしの家もあっちなんだ」
 会話が終わってしまうと気まずい気がして、話しかけておいて戸惑ってるのも悪いから、適当に続ける。
「ボーダーっていつも訓練とかしてるの?」
「……」
 たぶんまた頷いたのだけど、顔を見ていなかったから見逃してしまった。無視したりする人じゃないと願いながら、話を続ける。
「いつも大変だね」
 返事がないから、話が終わってしまった。わたしはもうすぐ曲がるしもういいかと、諦めた。ちょっとだけど、一方的だったけど、話ができてうれしい。
「……た、いへん、じゃないよ」
「え?」
 びっくりして聞き返してしまった。言葉の意味はきちんとわかる。まさか返事がくると思っていなかった。
「ボーダー……楽しい時もあるし……」
「そ、うなんだ。……あ、わたし、……こっち、だから」
 あいかわらず目も合わないけど、びっくりして、上手に言葉を発せない。辻くんみたいに戸惑って、赤くなっているのではないだろうか。
「また明日」
 辻くんはそう言って、少し速足で真っすぐ進んで行った。曲がり角に立ちすくむわたしは辻くんの背中をぼうっと見送る。また明日。同じクラスだし、毎日会ってるし、明日も会うし、別に普通の言葉なのに、なんでこんなにも嬉しいんだろう。



 辻くんとは、時々一緒に帰るようになった。お互いに一人の時に、なんとなく横を歩いて、話がある時だけ、少し話す。辻くんは口数が少ないから、わたしばかりがしゃべってしまうけど、嫌がられてる気はしていない。わたしを見つけて、横を歩いてくれることもあるし、前よりも少しだけ、スムーズに会話もできてる気がするから。
 こんなことが続いてはいたけど、学校では話はしない。お互いが他の友達といるときも知らんぷりだ。わたしは単純に、辻くんとの時間を独り占めしていたくて、誰かに知られたくなくて、言えないだけだけど、辻くんはどう思っているのだろう。辻くんの、特別な存在でいたい。そう願ってはいるものの、どうすれば、もっと辻くんとの距離を縮められるのかは、わからないでいた。
 街ではバレンタインのチョコレート売場が広がっていた。辻くんにチョコレートをあげたら、少しだけわたしたちの関係も進展するだろうか。辻くんはきっとたくさんチョコレートをもらうだろうけど、直接きちんと手渡せるのは、今までコツコツ関係を築いた自分だけだと言い聞かせながら、高校生の自分には少し高い、高級チョコレートを用意した。できれば手作りしたかったけど、食べてもらえなかったら怖くてやめた。
 当日、ずっとそわそわした。渡すには、帰りに辻くんが一人じゃないといけない。気付くのが遅くて、どうしようかと頭を悩ませた。それから、辻くんが他の女子とかにチョコレートをもらっていたらどうしようかと、ドキドキして辻くんから目を離せなかった。

「辻くん!」
 放課後、下駄箱に一人で向かう辻くんを見て慌てて追いかけた。もしも一緒に帰れないのなら、今のうちに渡してもう楽になりたい。
 呼び止めてから、実は校内で話しかけるのは初めてだと気が付いて、ドキドキが増してしまう。
「あ、えっと、今日、ボーダー行くの?」
「……うん」
「一緒に帰ろう!」
「うん……」
 まだ学校内だからか、赤くなって目を逸らす辻くんを少しだけ見つめて、覚悟を決める。渡せなかったら、自分で食べればいいと思っていたけど、そんなのやっぱり嫌だ。
 靴を履き替えようと横に並んで自分の場所へ手を伸ばす。さっさとローファーを取り出したけど、辻くんは固まっている。なんだか嫌な予感がした。
「どうかした?」
「……なんでもない」
 わたしから隠すように立たれてしまう。きっとそうだ。誰かからのチョコレートをもらったのだ。
「チョコレートでも入ってた?」
 言ってから、少し嫌な感じになってしまったと思った。けど、こればっかりはどうにもできない。辻くんがいろんな子に、こっそり想われてることはもちろん知ってる。それでも、たまにだけど一緒に帰るわたしはあの子たちより一歩リードできているはずだ。
「辻くんモテるもんね」
「そうなの?」
「そうだよ。隠れファンがいっぱいいる」
「……」
 カバンの中から見るからに高級感のあるチョコレートの箱を取り出す。どんなのをもらったかはわからないけど、これが義理ではないことが伝わればいい。
「……負けたくないから、わたしは隠れるのやめたの」
 真っすぐ目を見て伝えれば、すこしの間だけど、辻くんと目が合った。いつもは合わせてもらえないのに。
「あの。これ。よかったら、もらって、ください」
 真っ赤な顔をした辻くんと目が合ったら、途端に弱気になった。こんな風でもかっこいい。わたしは少し仲良くしているけど、こんなにかっこよくてモテる人には、選ばれないかもしれない。
「…………あ、りがとう」
 ぎこちない動作で、差し出したチョコレートを受け取ってくれた。今すぐにでも走って逃げだしたいけど、一緒に帰ろうと声をかけたのは自分だし、そんな無責任なことはできない。
 辻くんが他の人からもらったチョコレートを見たくなくて、先に玄関を抜けた。まだこれから下校しようとしている人たちが多くて、こんな中、二人で帰れるのかと不安になる。とてもじゃないけど、うまく話せる気がしない。
「……帰ろうか」
 追い抜きざまに、辻くんがつぶやいたひとことが、すごくうれしかった。じっと背中を見つめてしまう。今はわたしも恥ずかしくて隣を歩く勇気がない。けど、このあと一緒に帰れるし、迷惑に思われてなさそうでよかった。