お題:きみの彼氏になりたい


 バレンタインデーは昔から苦手だ。貰えるアテもないのにそわそわしてしまう自分が恥ずかしい。氷見さんはやさしいから、きっと義理チョコをくれるだろうけど、それ以外のチョコレートが欲しい。義理でもいいからできればあの子から。そう願っても願うだけで何もできない自分が情けない。同じクラスの彼のように、義理でいいから欲しいと明るく宣言できれば、もう少し可能性が上がったのだろうか。
 何もない一日が終わって、ボーダー本部に向かうのも気が重い。きっとみんなチョコレートをたくさんもらっているのだろう。ずるい。

「辻くん!」

 名前を呼ばれて振り返れば、もらえないかと期待していた相手だった。顔が赤くなるのが自分でもわかる。

「あ、えっと、今日、ボーダー行くの?」
「……うん」
「一緒に帰ろう!」
「うん……」

 彼女は家がボーダー本部の方らしく、帰りにバッティングすることが何度かあった。最初は知らないふりをしてやり過ごしていたのだけど、何度かそういうことがあってから、彼女の方から話しかけてくれるようになり、こうして時々一緒に帰るようになった。まだぎこちないけど、話せる唯一の学校の女子。
 下駄箱を開けると、朝はなかったものが入っている。びっくりしていると近くにいた彼女に怪しまれてしまい、慌てて身体でさえぎって隠した。

「どうかした?」
「……なんでもない」
「チョコレートでも入ってた?」

 何も言えなくなってしまう。実はいつも入っているけど、差出人も書いてないから作戦室で広げて犬飼先輩と食べられるか相談しているような代物だ。

「辻くんモテるもんね」
「そうなの?」
「そうだよ。隠れファンがいっぱいいる」
「……」

 隠れなくてもいいのにと思う気持ちと、話しかけられてもどうにもできない気持ちが交錯してなんとも言えない感情になる。だったらせめて、名前くらい書いておいてくれればいいのに。

「……負けたくないから、わたしは隠れるのやめたの」

 そう言って差し出されたかわいらしい包装の箱は、義理じゃないのではとうぬぼれてしまう。彼氏になりたい、なんて今は思ってないけど、遠くない未来に希望を持ってしまう。
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