二十一時を過ぎたら駅前のお店はどんどん閉まってしまう。飲み屋はやってるけど、普通にお弁当とかを買って家で食べたい。できればあたたかいものがいい。けどカップラーメンは嫌だ。遅い時間になってしまったからこそ、美味しいものをきちんと食べたい。空腹を満たすだけの行為にはしたくないのだ。
 そう思っていても、コンビニのガラガラの棚を見て食欲が失せる。どれもあまり食べたいと思えない。深夜に向かって品揃えが悪くなるのは仕方ないことなのだけど、朝は種類豊富な弁当が並んでることを知っているだけに、やっぱり悲しい気持ちになる。
 冷凍食品の棚とお弁当の棚を行ったり来たりするけど、食べたいものが決まらない。お惣菜でもいいけど、お皿に並べて食べる元気なんてないし、洗い物を増やしたくない。そもそもこの時間なのだ。何も作りたくなくてコンビニにいるのに、それはどうなの。
 この時間がなければ多分、三十分は早く寝られた。だが適当に選んだら、それこそ空腹だけを満たす行為になりそうで悔しい。
「何してんの」
「あ、諏訪じゃん」
「顔死んでんぞ」
「晩ご飯決まらなくて」
「今からメシかよ」
「それもあるから何買うか決まらない」
「ふーん」
 諏訪の手にはペットボトルのお茶が握られていて、家にもお茶ないかも、作るのだるいな、と思い出した。
「メシ行く?」
「どこに?」
「牛丼とか?」
「この時間じゃ、他ないもんね」
「……」
 どっちだよ、と言う視線に、行くって言う元気がなかった。バイト帰りのこの感じで諏訪とメシ。やだなあ。今日は早く帰れるから洗濯機も回したかったし洗い物も昨日サボったからしたかったんだよ。早く帰れなかったけど、早く帰りたい気持ちはちゃんとあった。
「おごるから、行くぞ」
 いつまでも返事をしないわたしに痺れを切らした諏訪が、なんでかプラカップのカフェラテを手に取りレジへと向かった。自分も何か買おうかと思ったけど、考えるのが面倒になったのでやめた。待たせたら悪いし。


「ほら」
 諏訪は袋を買うことなく、二つの飲み物を手に店を出た。どっちも飲むのかなと思ってたら、カフェラテを差し出された。何も考えずに受け取る。この時間にカフェインやだなあとはちょっと思ったけど、早寝はもう諦めたのでまあいいか。
「ありがとう……」
「どういたしまして」
 嫌味のような返事をしながら諏訪はお茶のペットボトルをあけた。お茶を買うためだけにこんな時間にコンビニにいたのだろうか。変なやつ。
「諏訪も帰るところだったの?」
「いや、抜けてきただけだから、またあそこに戻る」
 親指でボーダー基地を示した諏訪は、すっかり組織の一部に感じられた。高校生も多いと聞くから、二十歳を超えたわたしたち世代はきっと仕事内容も濃いのだろう。何をしてるかは知らない。嵐山隊が頑張ってることはテレビで知ってる。それに似たことを、見えないところでしてるのが、たぶん諏訪。
 もらったカフェラテにストローを挿す。牛丼屋につくまでに飲み終わらなかったらどうしようか。気持ちゆっくり歩いてるわたしに合わせて歩いてくれる諏訪に気付いてしまって、夏じゃなくてよかったと思った。冬は寒いから家に早く帰りたい。夏だったら、あったかかったら、外で一緒にだらだらしてたいと思ってしまう。
 夏になる頃には、それくらいの関係になれるだろうか。なんて考えてびっくりした。学校が同じで、会えば話すくらいの距離感。二人きりでこうしてるのも、ごはんに行くのも、初めて。こんな風に意識したことなかった。
疲れてるところにやさしくされたせいか。そう思うことにして、それでもいいやと思えた。 




 気分転換に、と思って、わざわざ本部を抜けて駅前のコンビニまで行った。この時期のこの時間帯は寒いけど、室内で快適に過ごしていると感覚が狂うからちょうどいい。タバコがもうなくなるなと思いながら、店の外で一本吸い込んだ。
 ほとんど客のいない店内をぶらっとまわる。日が出るまでには帰りてぇなと思いながら、とりあえずペットボトルのお茶を取り出した。腹が減ってるわけでもないし、買いたいものなんてタバコだけだからレジに行けば済む。それでもなんとなく、こんなもん売ってるのかと品定めしてしまう。
 こんな時間の他の客など興味もなかったが、この女ずっと弁当の棚の前をうろうろしてんなと顔を見たら知ってる顔だった。
「何してんの」
 大学の同級生。バイト帰りなのだろうか。ラフな格好で、疲れた顔をしている。自分も人のことを言えるような感じではないとは思うが、顔が死んでるとからかっても覇気のない返事が返ってくるだけだった。
頭が働かないときの、メシを選ぶのすら面倒な感覚はわかる。いっそ誰かに決めて欲しいとも思う。だから別に腹は減ってないけど、なんだか放っておけない気持ちになって、メシに誘った。一人暮らしがメシをめんどくさがり始めると、不健康まっしぐらだ。

 一人でお茶を飲むのもなあと思いカフェラテを買ってやった。牛乳たっぷりと書かれているやつ。普段飲まないからどんな味かは知らないが、授業中に持ってた気がするから飲めないことはないだろう。
 コンビニを出ると冷気が頬を撫でる。タバコ買うのを忘れたことに気がつく。さっき吸っておいてよかったと考えながら、ポケットの残り二本のタバコを思い出す。隣の女は気にしなそうだけど、なんか放っておけない感情を持ってしまった以上、不健康なことから遠ざけてやりたいと思う。親心ってやつ?
中高校生の相手をしすぎて、頭おかしくなったなーと、苦笑いが出そうになった。
「諏訪ってカノジョいんの?」
「はあ? いねーよ」
「ならよかったー」
 相変わらず覇気のない言葉。寒さで赤くなった顔を見て、親心なんてまだあるわけがないと認識して、ちょっとだけ納得した。