余計なことを口走ってから、なんだか避けられているような気がして、せめて前のように気軽に話しかけられるように戻りたかった。それだけだと思っていたのに、今までどう接していたのか、意識するとわからなくなった。
 一緒に帰ろうと声をかけた時に、告白するつもりなんて全くなかった。下駄箱での態度がなんだか変だなって思って、もしも真剣に好きだと伝えたら、応えてくれるだろうかと考えて、言ってみようと思った。普段軽い口調でかわいいと言えるのだし、一度言ったこともあるのだから簡単に言えると思ったのに、全然上手くいかなかった。
 なんだかがいつもよりもかわいく見えて、余裕なんてなくなってしまった。
「お茶飲む?」
「大丈夫」
 まだ学校を出てなくてよかった。植え込みの影に隠れるように、段差に並んで座った。顔を隠して表情が見えないからどういう種類の具合の悪さなのかもわからない。
 しばらく、黙って過ごした。たった数分だと思うのに、とても長く感じた。俺たちって本当に付き合うんだろうか、なんてぼんやり考えていた。現実味が、まったくない。
「……ごめん」
「え?」
「先帰る?」
「いや、平気」
「……」
「……帰った方がいいの?」
「え、いや、いてくれるなら、……うれしい」
「……そういうこと、言えるんだ」
「やっぱ帰って」
「ごめんごめん」
 かわいい。触れていいんだろうか。脳はためらっているはずなのに手が動く。膝に乗った頭に触れるけど、何の反応もない。
「嫌だったら、言って」
「うん……」
 撫でるように手を滑らせたら、帰ろうか、とがつぶやいて、やっと、目が合った。真っ赤で、泣きそうな顔をしていて、これは、都合がいい方にとっていいやつなのかとちょっとだけ悩んだ。


◇◇◇


 神田と付き合うことになった。こうなった理由は自分でもよくわからない。昨日まで抱いていた感情は変わっていないはずなのに、態度が変わってしまうのが恥ずかしい。なんであの時まで気が付かなかったのだろう。頭が悪いとか以前の、人間としての何かが欠けているとさえ思う。漫画とかで、この二人両想いなのに何でいつもケンカしてるの? って思っていたけど、まさにそれで恥ずかしい。

「神田、おはよう」
「おはよう」
 神田はなんだかまぶしい。頭もおかしくなったかもしれない。考えたら、今まではこうやって目を合わせることもしていなかった。目を合わせてはいけない相手のように、思ってたし。
 挨拶をして、何を話そうと考えたけど、杞憂に終わった。クラスメイトがいつも通り神田に話しかけて立ち去っていく。よく見ていなくて知らなかったけど、神田は普通に友達も多いし、どのクラスメイトとも分け隔てない。そんな神田が私を特別扱いしていたのを見た友人がああ言ったのもわかる気がした。
 神田のこと、全然知る気もなかったし、知らなかった。せめて付き合う前には気づけよと自分につっこみを入れたくなる。この先大丈夫なのだろうか。

「今日一緒に帰ろう」
「……うん」
 昼休み、一人になったタイミングで神田が話しかけてくる。そのまま空いた前の席に腰掛けるから、ドキドキしてしまう。
「……」
「教室で話しかけるの嫌?」
「嫌とかじゃなくて……」
 神田が想像以上に人気者だと理解した今、すごく居たたまれない気持ちだ。神田は私と付き合ったことを周りに知られてもいいのだろうか。もしも神田が言ってくれるのなら、ちょっと嬉しいと思っていることは、言えないけど。




 案の定、二人で話をしていたらクラスメイトにからかわれた。神田はそうだとも違うとも言わず話をそらして、それで終わった。言ってくれないんだ、と多少もやもやしたけど、あの場で付き合っていると宣言できるような度胸は私にはなくて、神田に任せるしかないと言い聞かせた。
「俺たちが付き合ってることって、誰かに言った?」
「まだ。神田は?」
「俺もまだ。聞いてからにしようと思って」
 帰り道、学校近くはぎこちない距離のまま歩いたけれど、話しかけてきたのを機に、少しだけ近くなった。カップルだと周りに認知されるのは恥ずかしいけど、なんだか面倒くさい。
「教室で聞かれた時、言うのかなって思った」
「ああ~あの時はあとが面倒くさそうだなって思って」
「そっか」
「言ってほしかった?」
「……別に」
 急に手の甲同士が触れて、ぎゅっと掴まれる。偶然のことなのか、意識的なことなのかはわからない。でも、とてつもなく恥ずかしい。
「もう少し慣れてから、周りに言おうか」
「うん」
 きちんと握りなおそうと手の力を抜いて、神田の顔を見上げた。耳が真っ赤になっている。かわいいところもあるもんだ。
「それって神田もってこと?」
「まあ、それは、そう……」
「神田のそういうとこ、好きだよ」
「え?」
 今度は顔が真っ赤になるのがわかる。バツの悪そうな顔をしている。昨日よりも神田のことをわかれた気がした今は、素直にそう思えた。顔を赤くしている神田は、かわいい。
「断るの面倒くさいから付き合ってくれたのかなって、ちょっとだけ思ってたから……」
「そんなことしないよ」
「いや、嵐山さんに彼女がいるか聞いてくるなんて、そう思っても仕方ないだろ」
「それは、知り合いが前に聞いてって言ってたから……」
「紛らわしすぎる」
「そんなことないでしょ。嵐山さんと面識ないし、彼女いなくても付き合いたいとか思わないよ普通」
「俺と付き合って嵐山さんに乗り換える算段かもしれない」
「そんなやばい女じゃない」
「それはそうか、俺の好きな子だし」
「……」
 むずむずする。思えばだいぶ前から、神田は私のことを好きでいてくれたのかも知れない。そのうち聞いてみよう。なんだかとても嬉しくてあたたかい気持ちになれた。