「神田くんとなんかあった?」
「……え、なんで?」
「前は仲良さそうにしてたじゃん。よく話題にも出てたし」
「そうかな」
「そうだよ」
神田とは仲良くなんてない。先生とかに用事を頼まれるから仕方なく話しかけるだけで、別に用事がなければ話すことだってない。当たり前のことだ。
「神田くん、彼女できたとか?」
「ないでしょ」
「ボーダーだし他校の女の子と、とか、わかんないじゃん」
「ないない」
「自分のこと好きだから、とか思ってる?」
「は?」
否定の顔をしているはずなのに、顔が熱い。友達はにやにやしている。悔しい。
「なんか、はあったんだ」
「いや、ないから」
「うそつかないの」
好き、のようなことは言われたのだけど、あのあとも普通にしてたから、恋愛的なものじゃなくて、人間として好きって意味なんだと解釈した。『まあまあ好き』らしいし。仲良くなりたいと思ってくれていたのかな、なんて思って少しだけ態度の悪さを反省した。でも結局、あの日から話すことも関わることもまったくと言っていいほどなくなってしまい、よくわからない。
「……ココア、くれた」
「え~やっぱり神田くんてやさしいじゃん」
「はいはい」
「神田くんが好きって言ってくれたら、付き合わない女いないでしょ」
「そんなことないでしょ?」
「他に好きな人がいなければとりあえず付き合ってみようかな、ってレベルにはいるでしょ」
「そんなもんかなあ?」
「それなら、会長に好きって言われて断る女は? いないでしょ」
「それはわかる」
「ボーダーの人はみんなその基準超えてると思うけどなあ」
よく知らない相手だとしても、ボーダーの肩書があれば印象が格上げされるというのは、ちょっとわかる。でも神田がボーダーなんて知らなかったし、印象がマイナススタートなのだ。好きと言われたところでやっとクラスメイトと認識してあげてもいい、のレベルだ。
「できるなら嵐山さんと付き合いたい~」
「はいはい。付き合えるといいねえ」
「今度神田くんに、嵐山さんに彼女いるか聞いておいてよ」
「やだ。自分で聞いてよ」
「ガチっぽくなるじゃん。そういうのではないから」
「なんだそりゃ」
休み時間が終わるチャイムが鳴った。友達は自分の席に帰っていく。今日、神田はボーダーの用事で来ていない。だから教室でこんな話ができたのだけど、振り返ると普通に恥ずかしい。誰にも聞かれてませんように。
面倒だけど、どうしてもうめジュースが飲みたくて、お弁当を食べ終えてから教室を出た。教室近くの自動販売機にも入れてくれればいいのに、そう思っても誰にお願いしたらいいのかもわからない。
「あ、」
人が少ない廊下を抜けたら、神田と会長がいた。ボーダーの用事が終わって学校に来たところなのだろうか。友達との会話が脳裏をよぎり気まずい。確かに、相手が会長だったら付き合ってたかも。
「うめジュース買うの?」
「うん」
「売り切れてたよ」
「え?」
「なんでそんな嘘つくんだ。さん驚いてるぞ」
「かわいいから、つい」
「そんな小学生みたいなこと言うなよ」
「神田サイテー」
やっぱり会長と付き合う一択だ、と脳内で結論がでたところで、神田はかわらず人を馬鹿にしたように笑っている。急いできたのに、こんなところで足止めされたら急いだ意味もなくなる。無視して目的の自動販売機に行こうと歩き出したら、手を掴まれて、引き留められる。
「ごめんごめん」
「言葉が軽いんだよ」
「これ、あげるから許して」
神田はわたしが買いに行こうと思っていたうめジュースを持っていて、混乱する。売り切れがうそだと会長がすぐに指摘したのは、自動販売機に寄って来ていたからかと納得する。
「ちょうどよかった」
先ほどまで一緒に困っていたはずの会長も、いつもの穏やかな表情になり、困惑しているのはわたしだけのようだ。せっかく教室を出てここまで来たのに、いつもタイミングがいいのか悪いのか。
立ち尽くしていると、教室に戻ろうとうながされる。今来たばかりの二人はカバンを持っている。よくわからない。なんなんだ。困る。
久しぶりに話したと思えば好きなジュースをくれて、本当にわたしのこと好きなんじゃないかと思い始めてきた。そんなこと考えてる自分が恥ずかしい。ジュースの一本や二本で、手懐けられてしまうほど安い女ではない。はずだ。
たしかに神田は愛想がいい方だとは思う。一方的にこちらが悪態を向けても、いつだってにこにこと平然としている。怒っているところなんて見たことない。身長も高いし成績もいいし、条件だけを見れば、友達の言っていたこともなんとなく理解できる、気もしてくる。
でもそれって、相手が自分のことをちゃんと、本気で好きって場合だと思う。自分のことを好きでいてくれる相手なら、きっと優しくしてくれるし尊重してくれると思うから、付き合ってもいいかななんて、思ってしまうという話であって、『まあまあ好き』なんてレベルじゃ付き合ってもいいかなんて思えるわけがない。そうだ。わたしが神田とどうにかなるなんて、あるわけがない。
上の空でも授業は進んでしまい、帰る時間になってしまった。友達はバイトがあるので今日の帰りは一人だ。気が紛れなくて嫌だなと思いながら教室を出た。
「」
「……」
「一人? 一緒に帰ろう」
「ボーダー行かないの?」
「もう今日は行かない」
そうだった。午前中いなかったんだった、と、つい数時間前のことを思い返す。だから変なタイミングで会ってしまったし、変な感じになっているのだ。
「今日はすぐ飲んだ?」
「え?」
「あげたやつ」
「……うん」
会話だっていつも続かなくて、なんでこんな感じになってしまったんだろうか。そもそも仲良くする理由だってないはずだ。しばらく話してもなかったし。
下駄箱で靴を履き替える。普通に帰宅しようとする人が多くて、急に、嫌な感じがする。ちょっとだけ、息苦しいような。
「……こっちから帰ろ」
「うん」
神田が指差した方の門は駅に向かうには少し遠回りになるけど、人が少ない。気を使ってくれたのだろうか。というか、なんで一緒に帰ってるのだろう。返事してなくない? でも何だかんだ許してしまうのは、相手が神田だからなのだろうか。
「この前のさ……」
「なに?」
「あー、えっと」
この前、の心当たりもいろいろあって、何のことを指すのかわからない。困ったように笑う神田の顔を見るのは初めてかもしれないと思ったら、また少し息苦しさを感じた。
「この前変な風に、その……」
見上げた神田と目が合ってしまった。ぎゅっと、苦しくなって、苦しい正体がわかってしまった気がした。
「……」
「……なんでそっち向くの」
「いや、なんか、飲み込まれそうで」
「好きだよ、のこと」
「……」
真剣に言われてしまったらもう言い訳なんてできない。ずっと実は意識していたことにも気づいてしまってもう、苦しい。
「俺と付き合いませんか」
「……」
なんて返事をすればいいかわからない。顔も見れない。声も出ない。
「そんなに嫌だった?」
「……」
声を出そうとすると泣きそうになる。首を振るけど、きちんと伝わっている気がしない。今までだって、なんか、あんまり噛み合ってなかったし、付き合うとか無理なんじゃ? いや、そんなことはないはず。
「……神田と、付き合う」
「いいの?」
「うん」
全身が熱い。鼓動も早いし息苦しい。熱中症になりそう、なるわけないけど。
「具合悪い? 座る?」
「……うん」