最近気になるクラスメイトは話す時、いつも不機嫌でかわいい。怒らせたいと思っているわけではないのだけれど、最初の印象が悪かったのをずっと根に持たれている。意識されている、と思えば思うほど、なんだかかわいく感じてしまうので、もうどうしようもないと思う。この関係が続くのはよくないと思う日もあるけど、それなりの満足感もあって困る。
「神田」
「何?」
「……英語のプリント出せって先生が」
「ああ。ありがとう」
 なんで私が、と言いたげな顔もかわいい。伝言くらいがそんなに嫌なら断ればいいのに。でもそれができない性格だから未だに俺のことを意識して腹を立てているのだろうとも思う。
 学年が上がりクラスが変わってすぐの時、委員会がたまたま同じだった。まだお互いの顔も名前も知らない状態で、同じクラスなのに何故片割れが来ないのかと担当の先生にみんなの前で問われて大恥をかいた、らしい。あとから聞いて先生にボーダーの用事があったと伝えたらあっさり、そうだったかと言っていただけで、特に問題視されるようなことでもなかった。顔も知らないクラスメイトが決まったばかりの初めての委員会の集まりを連絡なしにすっぽかしたというのが相当むかついたらしい。それ以来、俺のことだけ呼び捨てにしてきて、いつもなんか俺に対して怒っててかわいくて、気になる存在になってしまった。


「……何」
「これあげる」
「なんで」
「いつも先生の伝言係してくれるから」
「好きでしてるわけじゃない」
「いいから。ほら」
 言われた通り英語のプリントを提出した帰り、自動販売機でココアを買った。誰かと話していたら自分で飲もうかと思っていたけど、廊下で会えたので話しかけた。せっかくタイミングよく会えたのに受け取ろうとしない。こういうところは面倒くさいと思う。素直じゃない。
「いらない」
「ココア嫌い?」
「違うけど。いらない」
「もらっとけって」
 問答が面倒くさくなって手を取って握らせた。何も言わないので手を離すのが数秒遅くなった。
「……何が好きなの?」
「なにがって、……なに」
「飲み物。自販機の」
「……うめ」
「それ遠い方の自動販売機にしかないやつ」
「うん」
 いつもの不機嫌という感じでもなく目も合わないし歯切れが悪いので、話を切り上げて教室へ戻った。


◇◇◇


 同じクラスの神田はボーダー隊員で頭がよくて愛想がいい。一見いいやつなのだけど、人のことを馬鹿にしたような笑い方がどうしても気に入らなくて、好きになれない。委員会が同じだったせいなのか、なんでかいつもいない神田の用事を先生に言われるようになってしまい、すごく困っている。だけど先生に嫌だとは言えないので、神田の前では嫌だと主張するようにいつも不機嫌な態度を見せている。それでも神田はニコニコ話しかけてくるのでそれがまたむかつく。
 そんな神田が、飲み物を買いに行こうと出た廊下でココアをくれると言ってきた。意味がわからなかった。頭の中読まれてる? と不安になったけど、読めるのならきっともっと距離を置くと思うのでその可能性はないと思う。
 素直にもらっておけばよかったと今では思うのだけど、何考えてるかわからないし、代わりに何か面倒くさいことを頼まれたりしたら嫌だなとか、いろいろ思えば素直になんてなれなかった。
 きっと神田にとっては自然なことだったのだろうけど、ただのクラスメイトの異性に手をとられる経験なんて今までなかったので、びっくりしてしまった。すぐに放されると思ったのになんでかぎゅっと、ココアと私の手を握ってきて、混乱した。
 飲み物を買うために教室を出たのに、ココアをもらってしまい用事はなくなったのに、神田が教室に帰るまで戻りにくくなった。


「神田」
「ん?」
「……ココア、ありがとう」
「うん」
 帰りがけ、下駄箱で鉢合わせてしまったので話しかけた。授業が始まってから、お礼を言っていなかったことに気がついて、言わなきゃと思っていたし。もらったココアは開けるタイミングを逃し、ぬるくなったからそのままカバンにしまった。
 会話は終わったのだからさっさと帰ればいいのに、神田は私が靴を履き替えるのを待っている。普段なら会長とかと一緒に帰ってるんじゃないだろうか。今視界にいないから今日は一人なのだろうか。すごい気まずい。
って、何通学?」
「電車」
「ふーん」
 微妙な空気感がすごく嫌だ。好きじゃないのに、嫌なのにドキドキする。さっきココアをもらう時に触れた手が大きかったのを思い浮かべてしまう。すごく、嫌な感じ。
 感情の正体を探りながら、顔に力を入れる。〝なんか嫌〟な気持ちに正体なんてないと思う。
「なんでいつもそんな顔してんの?」
 神田は人の顔を見て笑う。むかつく。やなやつ。友達が神田くんやさしいって言うけど、やさしくなんてない。
「……」
「かわいいからいいけど」
「喧嘩売ってる?」
「何でいつも怒ってるの?」
「神田にだけだよ」
「俺にだけ……」
「そういうことじゃないから!」
 むかつく。本当に嫌。早くひとりにして欲しい。話しかけないで欲しい。
って俺のこと好きだよね」
「はあ?」
「俺もまあまあ好きだよ。のこと」
 ずっと混乱していた思考回路はついに爆発してしまった。手から力が抜けてカバンも落としてしまった。もう話についていけない。