蔵内くんと付き合うようになったけれど、あまりの順調さに時々不安になる。思えば片思いの頃から実は順調に進んできているような気さえしてしまう。
 好きになった相手は生徒会長だし、きっと実らない恋だと思っていた。けれど、好きだと思ってしまえば簡単に諦められるようなことではないし、上手に隠せるようなことでもなかった。振られるか、拒否されるまでは、と思って話しかけたりどうにか近づくきっかけを作ったりした。
 アプローチが功を奏したのか、自然と蔵内くんとの距離は縮まり、ついには告白をされ、今こうしてお付き合いをさせてもらっている。それから手を繋いで帰るようになるには時間もかからず、順調、としか言いようにない展開に、嬉しい反面、順調すぎて怖いと言う感情がそろそろ出てきてしまっている。
 不安、と言うにはちょっと違う。好きだってきちんと言ってくれるし、忙しいなりに会う時間もそれなりに確保してくれるし、甘やかしてくれて、これ以上何を望むんだと言われてしまえば何も言い返せない。だからこの漠然としたもやもやは友達に言うこともできず、心の奥にしまっている。
「何か悩み?」
「ううん、なんでもないよ」
 一緒に歩く帰り道。見上げるとやさしい顔の蔵内くん。自分でも自分のことがよくわからなくなる。好きなのに、好きでいてくれてるのに、なんでか満たされてないような気持ち。
「そういえば、今度の土曜日は忙しい?」
「午前中は課外授業がある日、じゃなかった」
「うん。そのあとは?」
「ボーダーに行くのは夕方でよかったと思う」
「それなら、それまで、デートしたいな」
「うん。大丈夫」
 土曜日の課外授業は正直面倒くさい。行ったところで賢くなれる気はしないけど、部活もないし家で勉強しないのだから行くべきではある。少しでもご褒美が欲しくて、ついつい課外のある日は一緒に過ごせないか聞いてしまう。
「……蔵内くんはさ」
「うん。なに?」
「いつも誘っちゃって、負担じゃない?」
「そんなことないよ」
 やっぱりやさしい。やさしすぎて不安になる。本当の気持ちを隠して無理してるんじゃないかって、疑ってしまう。
「誘ってもらえたほうが、時間を作れる」
「わたしばっかりワガママ言ってる気がしちゃう」
「そんな事はないだろ」
「そうかなあ」
 ぎゅっと繋いだ手に力を入れた。蔵内くんは握り返してくれない。いつだってやさしくしか触れてくれない。そう言うところが、物足りなく感じてしまう要因なのだろうか。けど、この手は蔵内くんから握られた手だ。触れたいと、思ってくれてると思いたい。
 蔵内くんに振り回されてみたいと思うし、大切にされるだけじゃなくて気を許した友達のように雑に扱われてみたいとも思う。でもずっとそれでは嫌だし、結局ないものねだりなんだろうな。
「土曜日、蔵内くんの好きなもの食べに行こうね」
「そんな、気を遣わなくていいのに」
「わたしが、蔵内くんの好きなものを食べたいの」
「ありがとう。嬉しいよ」
 じっと、見つめて伝えたら、蔵内くんは立ち止まった。目が合ったまま立ち止まれば、いつもみたいにやさしく微笑んで、顔が近づいてくる。びっくりして目を閉じたらくちびるに何か当たって、すぐ離れた。何が起きたかを理解するには少し時間がかかって、その間、固まってしまった。思考が追いついて、それでもどうしていいかわからなくて、固まったままいたら、繋がったままの手に、ぎゅっと、蔵内くんが力を込めた。
「……ごめん」
「う、嬉しかったよ!」
「こんなはずじゃなかったんだけどな……」
 罰が悪そうに額を抑える蔵内くんの顔は赤い。こんな余裕のない姿、初めて見た。ドキドキが、いっそう強くなる。嬉しい。恥ずかしい。ずるい。
「蔵内くんが、衝動で動いたりするの、嬉しい」
「え?」
「だっていつも余裕あって、わたしばっかり舞い上がってて、もっと、いろんな蔵内くんだって見たい……その、もっと感情的になってるのとか、みてみたいし、いろいろ、知りたい」
 恥ずかしくて顔が見れない。こんなこと、言ってよかったのだろうか。
「最近、よく考え込んでたのは、それ?」
「……うん。今もすごい幸せなんだけど、なんか、もっと、わたしも蔵内くんのことをドキドキさせたい」
「いつもドキドキしてるよ」
「あんまり出してくれないじゃん」
「なんだか恥ずかしくて」
「恥ずかしがってるのも、全部見たい」
 また目が合って、やさしくくちづけを落とされる。頬がゆるむ。脳みそごと、溶けてしまいそう。
「……」
「……」
 二度目の方が現実感があって、恥ずかしい。耳まで熱い。こういうとき、どうしているのが正解かわからない。だって、まだもう少し先のことだと思っていた。蔵内くん自身も動揺していたのを見れたということは、きっと同じだろう。それなのに、もう二回も。改めて考えて、また緊張してしまう。
「……帰ろうか」
「うん」
 歩き始めたら、また一度だけ強く手を握られて、嬉しくて握り返した。して欲しいことは伝えないといけないとわかっているけど、こうしていつの間にか伝わってくれるのが嬉しくて、ついついまた、蔵内くんに勝手に期待をしてしまう。
 順調な付き合いに不満はない。でもきっと、ずっと蔵内くんだけが主導権を握っている感じが嫌だったんだと思う。でも、今日のことで、それだっていいじゃないかと思えてしまった。