夏休みに学校に来るのなんて、部活動がある人くらいだと思っていた。夏休み前には引退を迎えた自分がこうして学校へ来ていることも、他の人からしたらおかしいのかもしれない。
少し遅い朝の時間。すでにじりじりと暑い。こんなことならもう少し頑張って早く家を出ればよかった。でもそうしていたら、ここでばったり彼には会えていない。
「会長おはよう」
「おはよう。部活?」
そこそこ身軽な荷物のわたしが、何部であるかをきちんと把握しているあたり、会長は会長だし、すごいと思う。
「もう引退した身だけど、たまにはね」
「暑いのに、みんながんばってるな」
通路隣のグラウンドで走り込みの生徒たちが声を上げているのに、視線をやる。これを聞くと、自分たちの汗も爽やかな青春ぽさが出てくるから不思議だ。
「会長は、卒業したらこの街を出るの?」
当たり前だった景色が、当たり前じゃなくなるのはわかっていたはずなのに、すごく寂しく思う。わたしも数ヶ月前まではあの中にいたのに、今はもう入ることができない。部活は好きだったけど、きっともうあんなに一生懸命打ち込むことはなくなるだろう。そう考えると、高校を卒業することがじわじわと現実味を帯びてきて、センチメンタルにもなる。卒業を機に、他の地域に引っ越す友達も多い。それはそうだ。この街は、他の街とは少し違うから。
「俺はここに残るよ。ボーダーも続けるし、三門市立大に推薦ももらえることになってるんだ」
「そう、なんだ」
「うん」
意外だった。てっきり会長はもっと有名な大学に進学して、この街から出て、きっと都会の大きいビルとかで働く、すごい人になると思っていたから。わたしには、こうして誇れることも、もうなくて、やりたいことがある会長を羨ましいと感じていた。
「わたしも早くやりたいこと、見つけないとなー」
「それを探すために進学する人も多いし、焦らなくていいんじゃない」
ずっと部活を頑張ってきて、部活が大好きだった。プロを目指していたわけではないし、そこそこの成績を残せたこともあったけど、上に上がいるし、そんな部活を取り上げられた今、わたしに残ったものってなんだろうかと、考えているけど答えはいつまでも出ない。
進路希望も、なんとなくで選んだところばかりで、具体的なこれをしたいとか、こういう仕事がしたいと言う強い気持ちもわたしにはなくて、この先の未来に、夢も希望もない。
「会長は早く卒業したい?」
「どうだろう。今の生活も楽しいからな」
「いいなあ、楽しくて」
ぽっかり空いてしまった心の穴を、一体何で埋めればいいのだろうかとずっと思っていた。受験勉強をしろと周りは言うけれど、夢があって、目標があるなら勉強も頑張れる。でも、それが今のわたしにはにはないから、どうもやる気になれない。
「なら、また打ち込めるものに出会えるよ」
部活を部活以外で続けても、それはあまり魅力的に思えなくて、みんなはそう言って今を簡単に受け流し、一人立ち止まってしまった気持だった。進路だって、決まっていないとは言える空気ではない。みんな夢を持っている。
「……そうかな」
「こうして悩むのもいいと思うよ。きっと何年も経った後、役に立つかもしれない」
「先生みたいなこと言わないで」
文句を口から吐き出したけど、なんだか笑えた。会長はにこにこしている。周りの空気に馴染めるように、毎日楽しいみたいに繕ってきたけど、会長と話して少し楽になれた。
「周りを見てると焦るだろうけど、人生はまだ長いし、一年くらい出遅れたってどうってことない」
「ありがとう。元気出たかも」
「ならよかった」
嘘じゃない。まだ完全に気持ちの切り替えは出来ないけど、他の誰に言われるよりも、なんだか素直に受け取れた。きっと会長だから。やっぱりすごい人だ。
手を振り別れる。会長も用事があって学校にいるわけだし、自分も部活を見に行くなら、そろそろ行かないと。
夏の日差しに焼かれながら、たまにはこういう夏があってもいい。会長のおかげでそんな気持ちになれた。