好きな人に、好きだと言ったら、相手も私を好きだと言ってくれて、人生のピークを迎えた気がした。でもそれはピークなんかじゃなくて、登っていく途中だったと思う。だって、これからまだまだ幸せなことが待っている。きっと明日また、ピークを更新する。
 デートに備えて、夏っぽいキラキラしたマニキュアを爪にのせていく。あんまり器用じゃないから上手にできないけど、ラメのおかげで誤魔化せそうだ。かわいい。かわいい。呪文のように頭の中で呟いて、彼の彼女として恥ずかしくない女になりたい。
 ボーダーに所属していて忙しい彼と休日に出掛けられるのは、初めてだった。付き合うことになってから、放課後一緒に時間を過ごしたりもしたけれど、休日のデートはやっぱり特別で、すごく浮かれてしまう。
 明日のために買った、レモン色のワンピースもかわいいと思ってくれるといいな。マニキュアが乾くのを待つ間、ずっと明日のことで頭をいっぱいにした。



 小さい科学館でプラネタリウムが見れるらしいと、彼が調べてくれて駅前で待ち合わせをした。変じゃないかな。何度鏡を見たところで、それなりから更新されることがない格好は、結局直前になって不安に変わってしまった。なんで洋服って、着る前に眺めてるときの方がかわいいんだろう。大丈夫かな。髪型変じゃないかな。慣れないことはしない方がよかったかもしれない。でも今日は暑くなるし、結んでおきたかった。
「あれ、早く来たと思ったのに」
「わ、たしも、早く来れたから」
「そっか。んじゃ行こうか」
 唐突に視界に現れた彼は、当たり前なんだけど制服じゃなくて、年相応のラフな格好にときめく。シンプルな格好でもかっこいい。私も背伸びなんてしなければよかっただろうか。いや、きっと私では元の違いをカバーしきれない。
 自然と繋がれた手は、いつもより熱い気がして思わず見上げた。そういえばいつも饒舌なはずの彼が、今日は静かだ。なんでだろう。いつも通りみたいなのだけど、ちょっと変。
「よね、……ようすけくん」
「何?」
「何でそっち向いてるの?」
 下の名前で呼ぶのにまだ慣れなくて、練習中だ。学校では諦めて米屋くん呼びを続けているけど、二人の時は、陽介くんって呼びたい。呼びかけるといつもにっこり笑ってこちらを向いてくれるのに、今は違う。
「……今日暑いよな」
「うん?」
 暑いと言った後に、一度ぎゅっと手を握られた。陽介くんの熱が伝わってきて、私の体温も上昇した気がする。
「かわいい」
 やっとこちらを向いてくれて、目が合ったと思ったのに、今度は私がうつむいてしまった。恥ずかしい。すっごく嬉しいけど、顔が見れない。
「今日かわいいから、ドキドキする」
「……米屋くんも、今日かっこいいよ」
「あ、また名字呼びした」
 彼がからかうように言って笑ってくれたから、私の緊張も少しほぐれた。嬉しい。頑張ってよかった。まだデートは始まったばっかりなのに、もうこんなにも満たされてしまった。




 プラネタリウムはちょっと話が難しかったけど、楽しかった。科学館はよくわからなかったけど、陽介くんと一緒だから楽しかった。さっと回って、お茶をしに行こうと外に出た。暑い。セミの鳴き声がとても響いている。
「あっちの道行こうぜ」
「うん」
 緑道は木陰ができていて涼しそうだ。汗が噴き出してしまう前に、そう気持ちが急いていたけど、また、陽介くんが手を握ってくれたから、ゆっくり歩くのも悪くないと思ってしまう。
「腹減ってる?」
「んーあんまり」
「あちーし冷たいもん食いてーな」
「いいね。かき氷とか」
 そういえば友達と話していて気になっていた店を思い出して、行ってみたいと言ったら即オッケーが出る。嬉しい。あとで友達に自慢しよ。
「涼し〜」
 木陰まで歩いてくれば、風が気持ちいい。汗がひんやりとする。でも繋いだ手のひらはまだ熱を持ったまま。陽介くん、体温高そうだよななんて思う。けど犯人は自分ではないかとも思う。慣れたと思いたいのに、本当はいつまでも慣れない。
「……ちょっと座る?」
「うん。いいよ」
 科学館では体験コーナーとかもあったし普通におしゃべりしていたはずなのに、人のいない遊歩道では、なんだか意識してしまってうまく話せない。暑さのせいか、脳みそがバカになって、彼がかっこいいということばっかりが頭の中を埋め尽くしてしまう。
「プラネタリウムよかったな」
「うん! 来月は違うのになるって書いてあったね」
「また来る?」
「……次は、本物がいいな」
「本物?」
「一緒に夜に、星、見たりしたい、なんて」
 おそるおそる目を見れば、ちょっとびっくりした顔をしていた。大胆なことを言ってしまったのだろうか。でも別に、変な意味とかじゃなくて、特別な関係なのだから、友達とはしない、特別なことをしたいと思う。
「夜、親とか、平気なの?」
「天体観測って言えば、許してくれると思う」
「……天体観測だけじゃなくても?」
 顔が赤くなっていくのが、自分でもわかる。夜に会いたいなんて、そういうことを考えていると思われたらどうしよう。違うけど、違わなくてもいい。でもそんなこと、言ってもいいのかわからない。
「何想像した?」
 意地悪く笑う米屋くんに何も言えないまま戸惑っていれば、くちびるが重なる。キスももう何回かしたけど、慣れない。
「今日かわいいから、ずっと、キスしたかった」
「……そういうの、言わなくていい」
「かわいい」
 もう一度、くちづけを交わす。ベンチで向き合うから膝が触れていて恥ずかしい。だけど、離れたくない。
「天体観測、行けるといいな」
「陽介くんは夜遅くてもお家、平気なの?」
「ボーダーで遅くなったりはしょっちゅうだからな」
「何か起きても、守ってくれる?」
「必ず守るよ」
 今度は背中に手をまわして、ぎゅっと抱きしめてくれた。ボーダーで忙しいみたいだけど、そんな彼のことも好きだし、今日みたいにきちんと時間も作ってくれる。親に言っても、きっと許してくれるだろう。
「……だいすき」
「大事にします」
「おねがいします」
 照れる。陽介くんの顔も赤い。もう少し、くっついていたかったけど、視界のはじに犬の散歩をしている人を見つけて、距離をとった。
「……かき氷、行こっか」
「顔赤すぎ」
 頬に触れて笑われる。名残惜しくしているのがバレていたんだろうか。だから陽介くんの顔も赤いけど、それは黙っておいてあげた。