自分が素直じゃないのは十分にわかっていた。けれど、向こうだって同じ態度を続けているのだから、悪いのは何も私だけではない。なのに、友達は私の背中ばかりを押す。
「いいじゃん。せっかくなんだしさ」
「だって花火見るのギリギリになるかもなんでしょ」
「そこは頑張るって言ってたからなんとかしてくれるでしょ」
ため息をこぼす。花火大会、楽しみにしていたのに、知らない間にクラスの男子を誘ったと報告され、どうしていいやら。誘った二人も仲はそれなりにいいし、嫌いでもない。けど、女同士で気兼ねなく楽しむ予定がどうしてこうなった。
「出水も楽しみにしてるって言ってたよ」
「どうせ口だけじゃん」
この友人いわく、出水は私に好意がある、らしい。でも顔を合わせれば憎まれ口ばかりだし、ノートとかすぐ写させろって言うし、いいように使われているだけな気がする。あのボーダーで、ちょっと優秀だからって、調子に乗ってる。米屋の方が愛想もあるし、優しくしてくれるし、私だってできれば米屋を好きになりたかった。でもそんなの今更無理なんだけど。
「浴衣着ていくでしょ?」
「えー、そのつもりだったけど、どうしよっかな」
「なんで! 一緒に着ようよ」
「だって、歩くの遅いとか、絶対言うよ」
「そんなの照れ隠しなんだから言わせておけばいいんだって」
私は真面目に話しているのに、のろけはいらんみたいな空気にまた、ため息が出る。
花火大会の日、待ち合わせ時間は少し遅くて、十分準備の時間が取れた。だから浴衣で行かない理由もないし、友達に何度も何度も念を押されて根負けた。どう思われるのだろう。そりゃかわいいって思われたい。けど、絶対言ってくれないって知っているから、期待はしちゃいけない。待ち合わせが遅めだからって少しご飯食べちゃったし、お祭りの楽しみも半減なのに、ドキドキして胸が高鳴るのは、決して期待ではない。この浴衣とお祭りへの高揚感だけでもこれくらいのドキドキは感じるはずだ。
「お、きたきた」
家の近くで友達と合流してから、出水、米屋との待ち合わせ場所に向かった。友達の浴衣は私と違う色で、それもまたかわいい。私のことばかり言ってくるけど、そっちだって実は米屋のこと、なんて思うけど、何も言わないし、そんな素振りを見せないと言うことは、もしもそうだったとしても何も言われたくないんだろうなって思うから、黙っておいた。
「いいねー浴衣。二人ともかわいい」
「ありがとう」
「……腹減ったし、先に買い出し行こうぜ」
「出水も一言くらい感想言いなよ。レアなんだから」
予想通り、出水は浴衣について何も言わない。嘘でもいいから一言、すんなり言ってくれたらそれでいいのに。こう言うところが、いつもむかつく。だから、好きだってもうわかってるのに、認めたくないって意地も張りたくなる。
「二人とも似合ってるよ。……これでいい? 行こうぜ」
言わされた感満載で吐き出して、背中を向けて歩き出してしまう。本当、こう言うところが直せないからモテないんだよ。
「あいつ照れてるだけだから。本当は楽しみにしてたんだぜ?」
米屋のフォローを聞いてもやっぱりむかつく。でもお祭りは絶対楽しみたいからもう知らない。考えない。食べたいもの食べて、花火を見るんだ。
「やっぱり混んでるね~」
「あ、俺焼きそば食いたい!」
「私からあげ食べる」
「そしたら私は米屋と焼きそば買ってくるから、出水とからあげ買ってくれば」
「え?」
焼きそばを食べると言った米屋に乗っかった友達ががんばれと言って焼きそばの列に行ってしまう。気まずい。今日会ってから、未だに目が合わないむかつく男と二人にされるなんて、嬉しくもない。でも仕方ないから、からあげの出店を探して歩きはじめる。
「おい」
「なに」
「はぐれるだろ」
今日初めて目が合った。呼び止めるために手を掴んだのもわかってる。なのになんでこんなにも、ドキドキしてしまうんだろうか。すごく、悔しい。
「そっちが不満そうだからでしょ」
「べつに、不満とかねーよ」
人の流れに乗れていないから、出水が人とぶつかる。すんませんと言って、私達の距離が一歩縮まった。掴んだ手を、放す様子もない。
「からあげ、この辺にはねーみてーだし、とりあえず進もうぜ」
手首からやっと手が離れたと思ったのに、すぐに手のひらが重なる。脳みそがパンクしそう。一体どういうつもりだと言うんだろう。
「あーお好み焼きもいいな。イカ焼きもうまそう」
「買いたいなら寄ればいいじゃん」
「お前は?」
「なにが?」
「食いたいもん、他にはねーの」
顔が熱い。手、なんでって聞きたいのに聞けない。ゆっくりしか歩けない私に合わせてゆっくり歩いてくれているのがずるい。余裕ぶっちゃって、本当は余裕なんてないって思いたい。余裕が全然ない私がばかみたいだから。
「かき氷」
「おーいいな。でも溶けると困るしあとだな」
お店に寄れば、きっとこの手は離れるのに、出水はどこにも寄ろうとせず、縁日を進んで行く。
「……出水」
「なに」
私からなんて本当は言いたくなかった。むかつくから。でも、もうこんなところで意地を張り続けても、意味がないことは知っているし、言ってしまった方が、きっと今日の花火大会がもっと楽しくなるはずだ。
「あのさ、手、もう大丈夫、だから」
「俺が大丈夫じゃない」
決心はしたものの、一旦この手を放してもらわないと、落ち着いて言葉が出せないと思った。だから離そうとしたのに、どういうことなんだか、わからない。脳が疲労でもう何も考えられない。
「どういうこと?」
「俺が、繋いでたいの」
「なんで」
「他の男に、フリーって思われたら嫌だから」
「よくわかんないんだけど」
「さっき、合流する前、声かけようとしてた男いたから」
「でも、なんで出水がそんなことするの」
「いやもうわかるだろ普通」
わかんない。わかるけどわかんない。言ってくれないとわからない。でも言わないで欲しい。どうしていいかわからないから。どんな顔してればいいのか、もうずっとわからない。
「好きだよ」
「……」
「なんか言えよ」
「うん」
「そうじゃなくて」
じ、っと出水に見つめられる。ずっと我慢してたけど、泣きそうなんだ。だから顔を見られたくない。なのに目をそらせない。どうしていいか、全然わかんない。
「ごめん。困らせて」
「……ちがう、の」
嬉しいのに、嬉しいって言えない自分が悔しい。もっと素直に生きていればよかった。こんないざって時に素直になれないなんて、どんな生き方してるの。ばかじゃないの。ぽろぽろと涙がこぼれてしまって、一緒にいるのはちょっと無理だ。
「……トイレ、行ってくる」
「わかった、落ち着いたら、連絡して。迎え行くから」
「うん」
出水も気まずいと思ったのだろう。ずっと握られていた手を、あっさりと放してくれた。
トイレに向かうと言った彼女を見送って、立ちすくむ。心臓が未だにバクバクと鳴っている。これ、俺間違えたんじゃね? そう思うもいまさらどうにもできなくて、とりあえず買い出しを済ませてしまおうと、適当な空いてる屋台に並ぶ。
今日の花火大会、米屋が一緒に行けることになったと言ってくれて、マジで本当にうれしかった。すげー楽しみにしてたから、任務も早く帰れるようにがんばってきたし、今日こそ、いい雰囲気作って告白するんだと意気込んでいた。学校では、困ったような呆れたような、あの顔がつい見たくて、からかうようなことばかり言っていた。だからいつしかいい雰囲気、なんてものは遠い存在になってしまった。お前ら付き合ってるだろって言われることも多くて、そういういい感じだったとしても、告白するにはちょっと違うとずっと思っていた。
浴衣姿の彼女が見えたとき、絶対ちゃんとかわいいって言うって思っていた。今日は告白する雰囲気に持っていくために、ずっといい空気をまとえるようにしようと、思っていた。なのに、横を通り抜けた知らない男たちが、「なんだ男と待ち合わせかよ~声かけなくてよかった」などと話してるのを聞いてしまって、むかついた。単なる嫉妬でしかないし、彼氏でもない俺が文句を言える立場でもなかった。けど、待ち合わせをこんな会場近くではなくて、家の方に迎えに行っておけばよかった。軽く自己嫌悪していれば、いつの間にか米屋は二人にかわいいと伝えていて、お前も言えみたいな空気になっていた。いつも通り彼女はむくれ顔で、なんだか悔しくて、結局いつものつれない態度になってしまった。
さっそく二人きりになれて、挽回のチャンスは今しかないと思った。さりげなくつかんだ手首だったけど、嫌そうじゃないのがわかったから、そのまま手を繋いだ。手汗やべーかなと思いながらも、放すことができなくて、空いていたはずの腹も気にならなかった。ずっと、そのまま二人でいれたら、そう願ったのに、口にはだせなかった。
やってしまったなと反省をしてももう遅い。泣くほど嫌だったとは思っていなかった。俺にはなんだかんだ甘いところとか、やさしくしてくれるところとか、俺の事好きだろって思っていた。米屋だってそう思っていたからと、調子に乗りすぎていたってことなんだろうか。
傷つけたかったわけじゃない。でも傷つけた。謝って、それで済むのかわからないけど、せっかくの花火大会、楽しかったって終わりたい。
手早くあちこちで食べ物を買ってきたが、連絡はまだない。俺じゃなくて、むこうに連絡してるかな。そしたらその内米屋から連絡が来るだろうか。かき氷、食べたがってたし買っておくか。そう思って屋台に並んだところで、電話が鳴った。
『もしもし、出水?』
「おう、どうした」
『どうしたって、合流しようと思って』
「あ、今かき氷買うところなんだけど、何味がいい?」
『……メロン』
「オッケー。買ったらそっち行くから」
どのあたりにいるのかを聞いて、電話を切った。正直、本人からの連絡に、少しだけ安堵していた。こんな安いかき氷で許してくれるのかはわからないけど、ちゃんと謝るしかない。今度こそ、ちゃんと言うべきことは言わなきゃいけない。
「出水」
「お、いたいた。はい。かき氷」
「……ありがとう」
「からあげもちゃんと買ったから」
「うん……」
目元が少しだけ赤くなっているのに気づいて、申し訳ないと、また強く思う。
「さっきはごめん。嫌だと思ってるって、思わなくて」
「嫌じゃないよ」
「でも泣いてたじゃん」
「……それは、ちがうの」
「違うって、気つかわなくていいから」
「私も、出水のこと、……好きなの! でも、うまく言えなくて、ずっと、やな態度とっちゃったりして、悔しくて、それで」
「え?」
混乱した。手を繋いでも、何も言わないからいいと思っていたけど、そのあとなんで、と言うから本当は嫌だったんだと思った。俺の全然格好のつかない告白も、返事より先に泣き出したし、友達として付き合うのはよくても、恋愛は無理ってタイプだったのかって、無理矢理納得させようとしてたし、うまいこと、また元の友達に戻れないかななんて、そんなことを思って謝ったというのに。
「……かき氷、ありがとう。お金、あとで渡すから」
「いや、金はいいよ。だから、もっかい、言って」
まっすぐに見つめれば、視線をそらされる。水色の浴衣姿に、みどりのかき氷がよく似合う。かわいい。そう思ったら口からも自然ともれていて、びっくりした彼女が目を合わせてくれた。
「出水のこと、すき」
「俺も、好き」
照れ臭くなって、一緒に笑ってごまかした。本当は二人っきりで花火を見たい気持ちもあったけど、荷物のせいで手も繋げないから、さっさと米屋たちと合流して、身軽になりたい。安心から腹も減ってきた。
早く行こうと顔を見れば、買ってあげたかき氷をおいしそうに食べていて、今度は二人で、かき氷を食べに行きたいなんて考えていた。