やだやだと、急に駄々をこね始めた恋人をどうなだめるのが正解か悩んでいただけなのに、哲次って冷たいよね、と投げられる。そんな事はないと思うのに、何故、大切なことは伝わりにくいのだろうか。
「そっちが今になって進学先変えるとか無理なこと言うからだろ。現実的じゃない」
「だって哲次もいない知らない街で暮らすなんて、やっぱり無理だよ」
「自分が言い出したことだろ。本当にそれがやりたいことだって、そう言ってたからこっちも応援してたっつーのに」
「……それは、そうだけど」
 情緒が安定しない彼女は急にしおらしくなり、くっついてくる。今日は久しぶりのオフで、一緒に勉強をしていた。彼女は大学進学時に三門市を離れる予定だった。やりたいことを学べる大学が、三門から通える場所にはなかったから。俺がボーダーにいる限りは三門市を離れる気はないことを彼女も理解してくれていたし、彼女の夢を応援したいとも思っていた。高校を卒業すれば運転免許だってとれる。彼女に気軽に会うことが難しいとしても、大人になれば融通が効くことも増える。悪いことばかりじゃない。そう、自分は考えていた。
「哲次はさびしくないの」
「別に一生会えないわけでもないのに、そんなに悲観的になる必要ないだろ」
「そういうところが、不安になる」
 ため息を一つ吐き出した。彼女の嫉妬で嫌いになることはないし、むしろ嬉しいとも思うことが多い。だけどこうした信頼を得られていないような発言には多少なりともいい気持ちは持たない。
「めんどうな女って思ってるでしょ! もういい、帰る」
「そうじゃないだろ」
 立ち上がろうとする彼女を無理矢理引っ張れば、容易く自分の胸に飛び込んでくる。離れて暮らしたら、もうこんな簡単に手を伸ばすこともできないのだろうか。
「お前の事信じてるから不安はないけど、心配事はすげーある」
「……どんなの?」
「変な年上の男に手出されたり、変な友達に悪影響受けたり」
「そんな変な人には近寄らないし!」
「お前がその時変じゃないと思っても、あとから何かされたりするかもしれないだろ。俺が近くにいれないと、助けてやれないんだからな」
「……それは、頑張って気を付けます」
「別に今だってお互いの生活は全然違うし、距離だって関係ねーだろ。もう子供じゃねーんだから」
「忙しくても会いに来てくれる?」
「時間は作るもんだろ。ちゃんと会いに行くから心配すんな」
 よしよしと頭を撫でれば嬉しいと口にしなくてもわかる笑顔をする。犬みたいだ。犬は嫌いだけど、懐いてくれたら悪くないのかもしれない。