ホワイトデーはバレンタインのイベントを達成した人にだけ訪れる、特別なイベントだ。無様なバレンタインを送ったわたしには無関係なイベントなはずだった。だからそわそわしている男女に見つからないよう、さっさと教室を抜け、小走りで学校から離れたのだ。
バレンタインの日、好きな人にチョコレートを手渡すつもりだったのに、案外いろんな女の子がチョコレートを渡しているのを見てしまって、勇気は縮み切きってしまった。せっかく用意していたチョコレートを渡すことすらできずに帰ろうかと沈んでいた時、下駄箱にまだ靴があるのを見つけて、手紙もつけることも出来ず、適当に突っ込んでそのまま帰ってしまった。差出人不明のチョコレートなんて食べてもらえるかもわからない。一目で本命とわかる手作りにする勇気がなくて、既製品にしていたのが救いだけれど、捨てられたかなと考えると勝手にへこんだ。
そんな惨めなバレンタインを過ごしたせいで、ホワイトデーだなんて全然楽しい気分になれなかった。それなのに、名前を呼ばれて、振り返ったら好きな人がいるなんて状況、何がどうなっていると言うのだ。
「三輪くん、えっと、どうしたの?」
「これ」
立ち止まり、三輪くんを待てば、すっとお菓子のような箱を差し出される。どういうことだか理解ができなくて顔を見上げるけど、三輪くんの表情は読めない。いつもの、真面目な顔。
「チョコレート、くれただろ?」
「え、なんで?」
「米屋が見たって」
絶対ウソだと思った。だって人がいないのをちゃんと確認したし、念のためすぐに誰か来たりしないかちょっと近くで様子も見てた。米屋くんは去年同じクラスで多少しゃべったりもする仲で、三輪くんともボーダーで一緒だから、バレていたってことなのだろうか。死ぬほど恥ずかしい。
「だから、これ。お返し」
「あ、ありがと」
「それじゃ」
渡すだけ渡して置いてけぼりにされる。こういう場合、どうするのが正解なのだろう。一緒のところまでは隣を歩いてもいいのだろうか。と言うか、三輪くんは他の女の子にもお返し配ってたのかな。わたしがチョコレートを渡したこと、どう思ってるのかな。聞きたいことが頭の中に溢れて、思わず呼び止めた。
「どうした」
「あの! その、途中まで、一緒に帰ろ」
「ああ」
聞こうと思ってたことあれこれ、全部ふっ飛んでしまったのは、三輪くんの耳が赤いのに気が付いたから。これってもしかして、もしかするのかな。あとで米屋くんにお礼をしなきゃだな。