近所に住んでいた男の子。そう友達に言うと絶対何かあるって言われるけど何もない。何もなくてむしろ私も困っているのだけれど、それは言わない。何もない理由もちゃんとわかっている。だから今は、こうして口実を見つけて会いに行くしかできない。自分の幼さを痛感する。

「おはよう」
「おはよう」

 午後からボーダーの仕事があると言う彼と無理矢理お昼ご飯を一緒に食べる約束をして、三門市までやってきた。お母さんたちは未だに三門市へ行くことはいい顔をしないけど、秀次君と一緒なら、って許してくれる。お母さんの知っている秀次君ではもうないとも思うけど、それは教えてあげない。

「どこ行くのか決めてあるのか?」
「うん! この前雑誌で見たお店!」

 ボーダーは広報にもかなり力を入れてくれているから、隣の町に住む私も簡単に情報が手に入る。ボーダーがあるから安全ですと言うことをアピールするかのように、三門市の魅力も一緒に伝わってくる。だからこうしていきたい店があると言って、一緒に行ってもらうようお願いするのだ。

「三門もだいぶ落ち着いてきたよね」
「いつまた敵が攻めてくるかわからないから、油断はできない」
「そうだけど、ボーダーがあるから大丈夫でしょ」

 秀次は大学進学をするのだろうか。私は進学を機に帰ってきたいと思う気持ちもあって、だけど親の説得には自信がない。元々父親の職場が隣町だったこともあり、大規模侵攻と呼ばれる襲撃のあと、家もなくなった私たち一家は三門市を離れることになった。怖い思いもたくさんしたし、秀次のお姉さんも仲が良かったから亡くなったのはショックだった。友達や知り合いでも亡くなった人は少なからずいた。そんな危ない地域にいる必要はないっていう親の言うこともわかる。でも、この人がここにとどまる限り、私もいつかこの街に帰りたいと思ってしまう。

「ボーダーがあっても、自分の身は自分で守るしかない」
「その時は、秀次が助けてよ」
「……」

 ああ、これは地雷だったかも。何か楽しい話題を考えなきゃ。

「あ、もしかしてあのお店、新しくできた?」
「……俺は市民を守るために戦ってるわけじゃない」

 少しずつ、明るい顔をする日も増えたけど、やっぱり秀次の心は曇ったままだ。こうも簡単に、陰ってしまう。

「知ってるよ! それでもいいって思うよ。……でも、私がピンチの時は、助けて欲しいな」

 何言ってるんだろうと自分でも思う。選んだお店が遠くて後悔する。こうして一緒に歩くのも好きだからってそうしたけど、こんな空気にしてしまうなら、もっと近いお店にするか、待ち合わせをお店の近くにしたらよかった。

「たぶん今は、あんまり考えられないかもしれないけど、これ先いつか、守れなかった大切な人よりも、守りたいって思える人とか、考えられるようになるんじゃないかな」
「守りたい人……」
「彼女とか」

 秀次が目を丸くするから、自分の言ったことにハッとする。今日まであまり好意は出さないように接していたのに、昔から頭のいい秀次には、この一言でバレたかもしれない。守って欲しいと言っておいて、彼女って、私がなりたいのバレちゃう。

「例えば、だよ! あとさっきの発言だけど、私はボーダー隊員じゃないし、三門にももういないけど、今とか? たまたま来てトラブルとかに巻き込まれたら怖いし、それから……」
「お前が死んだら困るな」
「それはどう言う意味で」
「そのまま」

 顔が赤くなるのがわかる。ムスッとしていた秀次の顔がゆるむのにつられて笑顔になってしまう。

「襲われたら助けてくれる?」
「近くにいればな」
「じゃあ、三門にいるときはずっと近くにいて」

 隣を歩く秀次と手の甲がぶつかった。いつもだったら恥ずかしくてひっこめるけど、今日はじっと耐えていたらそっと手を包まれた。やさしく繋がった手が嬉しくて、放したくなくてギュッと力をこめた。

「好きだよ」

 こんな街中の、人通りがそれなりにある道の上で気持ちを伝えることになるとは、思ってもみなかった。でも今言っておかないと、何もなかったことにされては困る。

「先に言うなよ」
「え」
「大切な人だよ、ずっと。守る自信はまだないから言えなかった」
「そんなのどうでもいい」

 どうでもいい、この手の温もりが手に入るなら、別にピンチに助けに来てもらえなくてもいい。嬉しくて、明日死んだって後悔はない。だから今日は、この幸せに浸らせて欲しい。