彼には特殊能力がある。どういう仕組みなのかはよくわからないけど、まれにいるらしい。ボーダーに所属する人の中に多いとは聞いた。でもそんなのよくわからないし、どうでもいいと思ってた。わたしが彼のことを好きで、彼もわたしを好きだと言ったそれがこの世のすべてで、他のものなんてもうあんまりいらなかった。その気持ちが過去になってしまうなんて、その時にはこれっぽっちも思っていなくて、永遠に続く未来の一部であると信じてたし、他の未来なんて見ようとも思っていなかった。だから初めて、彼のへんてこな能力についても考えてみたけど、知ろうとしなかった昔の自分のせいで全然答えは見つからなかった。でもきっと気が付いている。それでも知らないふりをしてくれるのは、彼のやさしさだと思う。気持ちが全部ばれて終わりを告げられるのが怖くて会いたくない、会えない時間が多くて不満だったはずなのに、もう会いたくない気持ちでいっぱいになっているなんて、本当に嫌な女。
 きっかけは些細なことだった。友達が他校の男子とカラオケに行くのに一緒に行こうって誘われて、彼氏いるんだけどって一応断ったのに、そういうんじゃないし、広い部屋使うのに八人いないと予約できないからってそんな理由で仕方なく行ってみたら、案外楽しくて、今までの生活、わたしには合ってなかったのかもって気が付いてしまった。
 学校も違う、放課後はボーダーで忙しい彼と、マンガみたいな恋愛ができるはずなんてなかった。中学からの片想いを他人になる寂しさから逃れようとどうにか成就させたのに、背伸びのし過ぎだったみたい。こっちの気持ちは透けてるのに、わたしは彼の気持ちなんて全然分かれなかった。高校で覚えた慣れない化粧も似合わないって言うし、かわいいよりかわいくないって言われた数のほうが多い。でもわがままも、飲み込んだはずの言葉も全部受け止めてくれて、やさしくないけど、すごくやさしかった。
 好きだけど、もう物足りない。満たされない。きっとこのまま付き合っていても、彼を傷つけるだけだと思う。もしも彼に特殊能力がなかったら、知らんぷりをしてこのまま付き合うこともできたのかもしれない。でも会ったらもう、彼に対する今の気持ち全部、見透かされて愛想をつかされて、嫌な女だったと思われるだろう。もう彼と恋人でいることに疲れてしまったのは事実だけど、嫌われたくない気持ちは変わらずに存在しているから、できるだけ穏便に離れられるようにしたい。


「会いたくねーのかよ」
 そう、言われた。二週連続ドタキャンされて、わたしの気持ちは冷め気味で、正直もう会いたくなかった。気持ちが全部知られてしまうなら、文字のやりとりで、この関係も終わりにしたかった。だから曖昧に会えないかもって感じの文章を送った。そうしたらきっと、当たり障りない返事が来るから、次のターンで送るつもりの文面ももう頭に用意していた。なのに、こんな風に言われたら考えていた文面も、全部意味ない。先手を打たれてしまった。
「忙しいのに大変かなって思って」
「んなことねーよ」
別に彼はわたしに対して執着などないだろうと思ってた。半年くらい一緒に過ごしたけど、手だって一度しか握ったことがないし、キスだって本当はしたかったのに、そんな雰囲気出しても気付いてくれなかった。告白されて、嫌だと思う程じゃなかったから付き合っただけなんだと、ずっと思ってた。
「最近ずっと会えてなかったよね」
「だから明日は会えるっつってるだろ」
「そうだね」
 文字だけのやり取りだけど、イライラが伝わってくる。わたしの愛想のない返事も、きっとイライラさせてるんだと思う。
「周りくどいことしてんじゃねーよ」
「ごめん」
 別れたいとちゃんと伝える決意をして文字を打ち込む。送信ボタンを押すまでは少し時間がかかった。何度も読み返して、息を吐く。送るぞ、そう思った時、相手からの新しいメッセージが表示される。
「好きだ」
 こんなこと言える人じゃなかったのに、何でこのタイミングでそんなこと言うの。そんなこと言われたら別れなくてもいいような気持ちにまでなってくる。乗り換えられる男がいるわけでも、他に好きな男が出来たわけでもない。顔が熱いのを感じながら、打ち込んでいた文字を消していると「会いたい」と送られてきた。
「初めて言われた」
「初めて言った」
 どうせ友達に言われたとかそんなところだろう。それをわかっててもやっぱり嬉しい。わたしばっかり好きなのに疲れてた。好きって言ってくれないのも会えないのも不安だったし、彼女ってなんなんだろうってずっと思ってた。その辺の気持ちが整理されたらもう少し、別れるのは考え直そうと思えてしまった。