時刻は二十四時を回って三十分が過ぎたところだ。すでに二時間以上待たされ、ドリンクバーへ足を運ぶのさえ億劫になってきた。今日の夕方から取り組んでいるはずのプリントが終わりを迎えられるのはいつになるのだろうか。
 このプリントを完璧にしたら試験は余裕だと配布されたプリントの、半分が出席していない授業の内容だったため手あたり次第同じ授業の人間に声をかけ、お互い埋まらない場所を補い合った。それでもあと一項目わからないものが出てしまった。あきらめてもいいかと思っていたのだが、「あの教授がこれをそのまま出題するとは思えない」の一言で、とりあえずプリントの内容を完璧にして単位がもらえるギリギリだと考えると、出席日数が少ないのは不利なはずだし、受かるだろうと簡単には思えないのが現実だった。他の教科の対策やレポートもあるし、こんなのは早く終わりにしたいのが本音だが、待ち合わせの約束をした以上放っぽりだして帰宅するわけにもいかない。
 わからない問題が埋まるノートを先輩からもらって持っていたという友人が、二十二時にバイトが終わるから持っていくと言ってくれた。その代わりメシでもおごれと言うので待ち合わせはファミレスにした。でも、一向に現れない。連絡もつかない。どうなっているというのだ。
「近界民に攫われたかー。どうせならあの教授が攫われてくれたらよかったのに」
「不謹慎すぎんだろ」
 既読の付かないメッセージ画面を眺めながらつぶやく女はとても眠そうで、こいつだけでも先に帰すか、いやこんな時間に一人で帰すならここで寝ててもらう方が安心か。
「あいつのことだし電池切れたはありそうだけど、バイト先の閉店が十時じゃなかった? うちらのこと忘れて遊び行ったとか?」
「家に帰ってんなら充電するだろうしな」
「他の勉強道具あればまだマシだったんだけどなー」
「それは同感」
 お互い防衛任務帰りに本部で合流し、できる範囲をかき集めてここに至る。カバンに入れっぱなしにしていた荷物にはたいした教科書は入っていなくて、ファミレスでの時間を持て余していた。
「このプリントも、今覚えても来週には忘れる」
 目の前に座る女はそう言い、ぽいっと机に投げ出して、突っ伏せる。
 本部で夕食は済ませていたが、そろそろ小腹が減ってきたなと思ってメニューを手に取ると、「なんか食べるの?」と顔をあげてくれた。
「しょっぺーもん食いてー」
「ドリンクバー甘いしね」
「つーか普通に腹減ってきたな」
「もうご飯食べて帰ろうよ。何ページあるか知らないけど、あとで全部写真送ってもらえばよくない?」
「そうすっか」
 こちらはノートを借りる側で立場としては下だったので、メシも奢ると言っていたのだが、連絡もなしに三時間近くも待たされてはさすがにもう下手に出る気にはならない。
 ハンバーグ、まぐろ丼、からあげ定食、どれも食欲をそそる。
「決まった?」
 同じようにメニューを眺める女にあいまいな返事を返して、目線はまだメニューの中。そういえば、期間限定のメニュー、あったよな。
 メニュー立てから薄い別のメニューを取り出せば、「あ、それにしよ!」と写真だけで即決。こうスパっと判断できるところは、こいつのいいところだと思う。
「俺はこれにするわ」
「おっけー」
 勢いよくベルを鳴らす。客の少ない店内に音が響く。空のグラスを思い出して、熱いコーヒーでも飲もうかと考える。
 約束に現れない友人に腹立たしい気持ちはあるのだけれど、こうして久しぶりにボーダーから離れた場所で、こいつと過ごすのも悪くなかった、
 もう少し。
 オーダーを終えて、相変わらず眠そうな顔に、コーヒー飲むかと聞けば、わたしも行くと立ち上がる。
 周りからどう見えているのかなんて、普段は考えもしないのに、今は少しだけ、気になってしまった。




220911