お題:泣かないで


 よくあることだ、なんて言ってしまえばそれまでだけれど、どうしたものかと頭を働かせる。頭をかいていた手を自然とたばこに伸ばすけど、今たばこを吸うのも悪手な気がして触れる前にこぶしを作ってとどまった。
「悪かったよ」
「……悪くないって思ってるくせに」
 図星だ。ボーダーに所属していれば不測の事態なんてしょっちゅうあることだし、もうこっちは慣れてしまった。それを彼女に押し付けるのは違うのかもしれないけれど、理解してもらえないと付き合っていくのも難しい。
「……死んだと思った」
「はあ?」
「だって、任務行くって言ってずーっと連絡ないし、ボーダーの任務がどんなものなのかだって知らないし、最悪死んだと思っておいた方がいいって、思うじゃん」
 目からぼとり、大粒の涙が落ちる。確かに彼女と付き合ってこんなに連絡の間隔をあけてしまったのは初めてだった。いろんなことが重なって、丸一日以上拘束されて、そのまま仮眠室で休んでから本部を出た。本部の中はあんなにも大騒ぎだったけれど、街はいつも通りだった。平和でなによりだと、日射しを浴びながら思ったことも思い出した。
 ボーダーがどんなに頑張ろうと、街は平和で何も感じないことが一番だ。そう思っていたはずだけど、コイツが何も知らない間に本当に死んでいたら。それはちょっと、嫌だなと思った。
「……死なねえよ」
 言ってから恥ずかしくなって彼女を引き寄せる。泣きじゃくり始めた彼女を安心させられるように頭を撫でてみるけれど、先ほどの言葉にどんどん自信がなくなっていく。
 不測の事態で亡くなる職員もいた。常に換装体でいれば生存率は上がるかもしれないがそういうわけにもいかない。換装体を攻撃されることに慣れてしまっている自分が、いざという時に自身を守り切ることはできるのだろうか。
 付き合うと決めた以上、彼女のことは大切にするつもりでいた。聞き分けのいい女だとも思っていたけど、不安を抱えているのなら、解消できるように何か考えないとならないと思った。
「いやな感じのこと言ってごめん」
「俺も悪かった」
 まだ腕の中でぐずぐずとしている彼女に、今度は心から謝罪の言葉を伝えられた気がした。
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