お題:虫刺され


「かゆい……」
「かかない方がいいですよ」
「何か塗るのないの?」
「ないですね」

 ポリポリと、腕を掻くけど虚しい。かゆいって、不思議な感覚。あーあ、赤くなってる。

「触らない方がいいですよ」

 そう言って簡単にわたしの手を取る。ずるいなあ。いつもそう。

「あーあ赤くなった」
「しょうがないじゃん」
「傷になりますよ」

 そんなことを言われてもかゆいものはかゆいし、どうにもできない。

「ちょっと待っててください」

 そう言ってどこかに行ってしまう。かゆい。触るだけなら、いいかな。親指の腹で押してみるけどあまり気は紛れない。また怒られたくない。年下のくせにずるい。なんだあの出来た子は。さっき触れた腕がまだ熱を持っているような気さえしてくる。

「おまたせしました」

 一分もしないうちに戻った彼は手に飲み物を持っていて、今? なんで? と思えば腫れた腕に押し当てられる。

「冷やしたら紛れるでしょ。これあげます」
「あーあ。年下に奢ってもらうなんて」
「たまになんだから甘えといてください」

 たまに、そうなのかな。いつも甘えさせてもらっている気がするんだけど、違ったのだろうか。

「遼」
「本部で名前呼ばないでください」

 一瞬だけ、おでこにくちびるが触れる。誰かに見られたらどうするんだろう。びっくりして硬直してしまう。やさしく笑って、帰りに塗薬を買おうと言ってくれる。甘やかされている。

「一緒に帰れる?」
「少し遅くなるかもしれないけど、待っててくれるなら」
「待ってるよ」
「ありがとう」

 こうしてこそこそ話す時だけ敬語がなくなるの、めちゃくちゃ好き。でも普段の真面目な遼も好き。
 アイスココアを当ててる腕は冷えているのに、体の熱はしばらくとれそうにない。けどもう虫刺されはどうでもいいくらい気が紛れた。
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