お題:卒業


 卒業式なんて、あっという間に終わってしまった。形だけのその式典に、何の意味も感じていなかったけど、今日は違った。何回目かのそれの意味がなんとなくわかった私は、また少し大人になってしまったような気がした。

「……イヤだなあ」
「ついこの前まで、早よう卒業したいゆーてましたやん」

 この前なんでそう思ったのかはもう忘れた。でも、それだけの理由だったということはわかる。きっと大学生の自由さに憧れただけだ。

「こういうしんみりした空気、苦手」
「それは同感ですわ」

 ひとつ学年が下の男の子を捕まえて言うことではないかもしれない。でも、同級生と過ごすのはなんだかとても息が詰まって、逃げてきたのだ。そのことを素直に打ち明けられる相手と、こうして最後くらい一緒に過ごしたっていいだろう。卒業生なんだし。

「ほんまに卒業、するんすね」
「なにそれ。卒業できないと思ってた?」
「思てましたわ」
「そんなにバカじゃないんですけど」
「そうやなくて……」

 言い淀む隠岐くんの横顔は、あいかわらずイケメンそのもので、こんなところで私などに捕まっている場合ではないようにも思う。けど、彼が無碍にしないのをいいことに、私は彼をこうして捕まえている。

「もう簡単には会えないんやなあて」
「そういう思わせ振りはよくないよ。隠岐くんはイケメンなんだから」
「思わせ振りはどっちやねん」

 どっち、とは。こういう時に地元の言葉で強く言ってくるの、ずるい。目が、逸らせない。

「私はしてない」
「おれも」
「いやいやいや」
「ちゃんと口説いてるつもりやのになあ。先輩やっぱアホやからなあ」

 頭にはてながたくさん浮かんだ後に、ぶわっと顔が熱くなる。またからかわれているのだろうか。

「……アホは言い過ぎでしょ」
「ほんなら、おれの気持ち気付いてました?」
「ま、まあね」
「ふーん」

 悪い顔をしている。悔しいけどかっこいい。こんな風に振り回されるのも、今日で最後ではなかったのか。
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