お題:気付かないふり


 荒船くんと知り合えたのは、偶然だった。学校も違うしボーダーでもないわたしが荒船くんと付き合えるなんて夢みたいなこと、起こるとも思えないけど、なんかいい感じでは? と感じることはすごく増えたと思う。
 わたしの気持ちはもうとっくにバレてると思う。だって、荒船くんはわたしなんかよりずっと頭がいいし、彼と仲が良いボーダーの穂刈も鋼くんも、影浦くんでさえ、わたしの気持ちを知っているのだから。
 気付かないふりをされているのは気がない証拠なのかと落ち込むけれど、会えるとやさしくしてくれるので、ついついいい感じ、だなんて錯覚を起こしてしまう。どう思っているんだろう。気になるけど聞けないのは、まだ自信がないから。

「荒船くんて、いま好きな人いるの?」
「……いねえけど」

 だったら、そう口から出そうになったところで引っ込めた。今日、鋼くんが助言してくれた事を思い出したから。
 ——荒船には、真っ直ぐはっきり気持ちを伝えた方がいい
 言われて納得していた台詞だ。荒船くんにまわりくどい事を言うと嫌われそうだと、その時に思ったのだ。いい加減な気持ちで付き合いたいと思っていたわけではない。だから、振られても笑って流せちゃう言葉で伝えるのは、やめた。

「……わ、たし、は、荒船くんが好きだよ!」
「おう……」

 じっと見つめても、表情が変わらない荒船くんに対して自分の方は、血の気が引いていくのがわかる。近くにいるのに、見えない壁に阻まれているようだ。

「それだけ?」
「それだけ、って?」
「いや、別に。……付き合うとか、そういう、話。続くんのかなと思って……」
「付き合いたい! 付き合って、くれるなら……。でも、わたしのことも好きじゃないんでしょ?」
「いや、好きかとかは、まだわかんねーけど、気になってはいた、っつーか」
「だったら! 是非付き合ってください!」
「是非ってなんだよ」

 わたしの台詞に吹き出す荒船くんはとてつもなくかっこよくて、恋人になれたら世界に自慢したい。頭の中だけで考えていたはずなのに、口からこぼれていたみたいで、「ほどほどで頼む」と言われてしまった。
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