お題:おかしな鼻歌


 掃除の時間、ふと聞こえた音に耳を澄ませば、思いもよらない人物が発信源だった。掃除、そんなに楽しいのかな。

「……それ、なんのうた?」
「え?」
「今くちずさんでたやつ」

 声をかけたら村上くんは恥ずかしそうにした。無意識だったらしい。でも、聞こえていたし無視もできない。ええっと、と言いながら、足元のゴミを寄せている。

「ボーダーの後輩がよく歌ってて、それがうつっただけで、オレも何のうたかは知らない……」
「そっか。そうなんだ」

 別に何のうたか絶対知りたいとかではないからそんなに申し訳なさそうにしないで欲しい。でも、ご機嫌で鼻歌をうたっていたり、恥ずかしそうにしたり、申し訳なさそうにしたり、表情の忙しい人だなあと微笑ましく思ってしまう。
 笑っているわたしを見てか、村上くんもにこりと笑う。その顔に少しどきどきして、足元のゴミへと視線をうつす。本当、表情の豊かな人だ。

「ちりとり取ってくる」
「うん」

 今度は涼しい顔で掃除に戻った村上くんを、すごいなあと思いながら、自分は気持ちが顔に出ないように隠して、掃除に集中した。
 ただのクラスメイトだった村上くんを、こんなことで意識するようになるとは考えてもみなかった。あのおかしな鼻歌を、きっとわたしも覚えてしまうだろう。だってもう、こんなに覚えてる。なんのうたかは知らないけれど。
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