お題:最終電車


 外はもうずいぶん暗くなってしまっていた。明るい車内が鏡のようにガラスに映る。他の乗客たちも、ほとんどが下車し、残るのはもう数えられるくらいなもんだ。大きい駅を抜けて、あと数駅。この電車に乗り合わせた人たちは、みんな同じように家に帰るのだろうか。
 今日は広報の仕事で他県まで出向いていた。遅くなるから泊まりでと言われていたけど、帰りたかったのでワガママを言わせてもらい、最終電車に揺られている。明日の予定がないのなら今日のうちに家へ帰りたかった。当たり前のことだと思っていたのだけれど、考え方は人それぞれらしい。宿泊代も経費として出すからと言ってもらえていたけど、帰ることにさせてもらった。明日の朝は、自分がコロの散歩に行きたいし、家で過ごせる時間は大事にしたい。それに、彼女にも会いたかった。
 車の免許を取得したばかりの彼女は、一緒に出掛けたいとせがんだけれど、今までなかなか予定が合わなかった。ボーダーを優先してしまうことも理解をしてくれているけれど、寂しい思いはなるべくさせたくない。そんな彼女が、今日は駅まで迎えに来てくれると言うのだ。何時になっても大丈夫だと言う言葉に甘えて、迎えに来てもらうことになっている。
 変わらない速度の電車が、もっと速くなるようにと、無意識のうちに念じてしまう。早く、帰りたい。


「准!」
「ただいま。こんな時間にありがとう」
「私が迎えにきたかっただけだから。お疲れ様。おかえり」

 駅の出口を抜けて、ロータリー近くの駐車場へと向かう途中に待ち構えていた彼女。安心で気が緩む。もう慣れてきたとはいえ、広報の仕事は気を張る。三門市から離れたり、チームメイトと一緒じゃない日は特に。だけど、今日は一人だったからこそ、彼女に会うことができた。

「安全運転で来れた?」
「もちろん! もうすっかり慣れてきたよ」
「それはよかった」

 隣を歩く彼女が自然と腕を絡めてくる。こんな些細なことも久しぶりな気がして、つい嬉しくなる。外だけど、周りは暗いし人もいない。たまにはいいかなと、こっそり彼女の額ににキスをした。驚いた後にふにゃりと笑う彼女に、自分も頬が緩む。ボーダーの顔として、健全な若者として、外では節度ある行動をと言われているけれど、たまにのこっそりは許して欲しい。
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