お題:囁く


 こっそりと、耳元でつぶやかれた言葉にドキドキが止まらなくなる。近づいた時に軽く触れた手の甲も、ずっと熱を帯びている。ずるいなあ。好きだなあ。と、改めて思って、また一人で思い出して顔が熱くなる。
 帰りのホームルームが終わって、がやがやとした教室内。今日の放課後は出水と約束があった。どこへ寄り道をしようかと楽しみにしていたのに、出水はなかなか友達とのおしゃべりが終わりそうになくて、どうしようかと思っていた。出水を含んだ集団が帰る雰囲気に戸惑っていると、すれ違うちょっとした時間に、耳元で「いつもの所で待ってる」と言われた。
 ときどき一緒にご飯を食べる、人が少ない裏門近くの場所。別に待ち合わせなんてしないで一緒に教室を出ればよかったとも思うのだけど、友達を気遣ったのだろうか。それともわたしと同じでこういうものに少し憧れがあったとか。後者なら嬉しい。
 放心状態で教室に取り残されて、少しでもドキドキを落ち着かせようと思っていたのに無理だった。だってこのあと会うのだし。

「お待たせ」
「おう」

 校内でわざわざ待ち合わせなんてしたことがないから、お互いぎこちない空気をまとう。どうしていいかわからない。また、ドキドキしてきた。今日、いつもよりかっこいい気がする。

「……帰る?」
「うん!」

 特に今話すこともないし、帰りながらいくらでも話なんてできるから、そう思うと言うこともなくて、少しだけ熱を含んだ空気だけが、わたしたちを包み込む。そわそわしてしまうけど、隠そうと必死になってしまう。
 同じように出水も黙ったまま、隣を歩く。いつもより少しだけ、歩くペースがゆっくりに感じる。この時間がずっと続いたらいいのにな、と思っていたら、手を繋がれた。

「まだ学校出てないよ?」
「たまには、いいじゃん」
「……そ、うだね」

 一瞬で顔から火が出そうに熱い。ちらっと出水を盗み見たら、同じように真っ赤な顔で、遠くを見ている。このままずっと、何日経っても、こうして同じ気持ちだったらいいな。
824字