お題:三角関係


 大学の友達には言えてないけど、嵐山准とは同じ小学校だったし、家も近所だった。街がめちゃくちゃになった時、家もめちゃくちゃになってしまったので引っ越したから、中学の途中で転校をした。それでも三門市内に住んでいるから嵐山准のことはよく目にした。きっと彼はもう私のことなんて覚えていないかもしれないけど、目の届く範囲にいる限り、私は彼を忘れられないと思う。
 大学で見つけたときはびっくりした。期待していなかったと言えばうそだけど、本当にいると思ってはいなかった。近いし、行きたい学部もあるからと選んだ市内の大学。きっと彼も進学をするならこの街を離れないだろうから、もしかしたらと、思うことはなかったとは言い切れない。でも本当にいるなんて思ってもいなかったから、声をかけるタイミングを逃した。
 私の友達に、“ボーダー隊員の嵐山准”のファンがいる。彼女はテレビや雑誌の中の男の子を追いかけるように、嵐山准を好きだった。はずだったのに、私がぼさっとしている間に声をかけ、彼と少し親密になっていた。
 勝てない。そう思うのに悔しい。私は幼い頃、一緒に遊んだり、飼っている犬を触らせてもらったり、そこそこには仲の良い関係を築いていたのに。ずっと昔から、今みたいにヒーローのように持ち上げられるずっと前から、好きだったのに。

「 ナマエ」

 彼が私を呼ぶ声が聞こえて、とうとう幻聴が聞こえるようになったかと思っていたけど、次に名前を呼ばれたときには、同時に肩をたたかれた。

「准くん……」
「やっぱりナマエだ」

 さわやかに笑う顔に、昔の彼を重ねる。大人になったけど、変わらないところもたくさんある。一緒にいたらしい友達に先に行っていて欲しいと言って、私についてくる。こんなの、しんどい。

「同じ大学だったんだな」
「うん。そうだね」
「……本当は見つけた日に声をかけたかったんだけど、友達といるときは悪いかなって思って」

 友達がぐいぐい行っているらしいので、それの気まずさもあるだろう。わたしは知らんぷりをしていたし。一人の時でよかったと思う反面、友達に説明する手間がはぶけるし、優越感に浸れるから、みんなの前で声をかけてもらってもよかった。なんだか大学生になってから、性格が悪くなっている気がする。

「もう帰るところ?」
「うん。授業の後、友達はバイトですぐ帰って私はのんびり出てきたところ」
「ひとり? それじゃ家まで送るよ」
「え?」

 今の家、知らないと思うけど、前の家よりも遠い町なんだけど、と言いかけてやめた。一緒にいたい欲には勝てない。

「このあと何か予定ある?」
「ないけど、准くんは平気なの?」
「ああ。コロの散歩に帰ろうと思ってたところだし」
「今の私の家、遠いよ?」
「知ってるよ」

 やさしく笑う顔に負ける。いや、心の中では一緒にいたいから甘えたいと思っていた。それでもすぐにお願いしますと言えないから、こんな無駄とも思えるやり取りをして、やさしい彼が引かないだろうこともみこして会話をした。我ながらずるいと思う。

「准くんがいいなら」

 とっさに口から出た昔の呼び方だけど、こうして呼べることが嬉しくて、にやけてしまいそうになる。友達の前では恥ずかしさから嵐山准とフルネームで呼んでいるくせに、本人の前では他の人と違う呼び方が出来てうれしいと思ってる。
 せっかくできたばかりの友達に、なんて言い訳をしようか。こんなことでこじれるのなら、最初から違う人と友達になればよかったかもしれない。すぐに言わなかった私も悪いけど、それだけ、大切な気持ちだったんだ。
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