お題:「ねぇ、」


 勇気を出して声をかけても、相変わらずの気の抜けた返答に決心は崩れ去ってしまう。また今日も、言えない二文字。こんなに好きで、どうしようもないのに、なんで出水には伝わらないのだろう。

「なんでもない」
「なんだよそれ」

 学校でも同じクラスだし、放課後もボーダーがあるからずっと一緒だけど、二人きりになれることはあまり多くない。本当は毎回、言おうと思っている。好きだと気付いたその日から、毎日ずっと。だって出水は出水が思ってるよりも女子に人気があると私は思ってるし、私がいくら友達として隣にいても、この距離は縮むことはないと知っている。だから言おうって、いつだって心に決めるのに、口からその二文字は一向に出ていかない。

「そう言えば昨日、太刀川さんがもち持ってきてたから隊室来れば食えるんじゃね?」
「おもち?」
「あれ? お前好きだったろ、もち」
「うん。好き」

 たしかに以前、太刀川さんがおもちを分けてくれて、好きだと話した気がする。でもわたしにとってのおもちはからあげと一緒と言うか、三日間くらいなら食べ続けられる好きで、特別に好きってものではなくて、あれもこれもの中の一つでしかない。
 私の好きなものを覚えててくれるだけでこんなにもドキドキしてしまって、もはや憎らしい。なんでこんなにも好きなのに、出水は気付いてくれないのだろう。そして出水の些細な言動に振り回されてしまう自分にも腹が立つ。

「出水は?」
「おれ? 好きだよ。学校帰りに食うのちょうどいいし」

 別にその単語を言って欲しくて聞いたわけじゃなかったから、びっくりしてしまった。もう出水が好きって言ってくれるならおもちになりたい。

「おもちになりたい」
「まじ? 太ったらなれんじゃね?」
「縁起悪いこと言わないでよ!」
「いや言い出したのはそっちだろ」
「そういうことじゃない!」

 この関係も嫌いじゃない。けどいつか、きちんと自分のために勇気を出して伝えられたらいい。
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