お題:指先

「すみません」

 大学で、すれ違った女の人が落としたハンカチを拾った。手渡そうと声をかけたら、びっくりした顔をするのでつられて驚いてしまった。

「えーっと、同じ学科だっけ?」

 垢抜けた雰囲気に、きっと先輩だろうと思っていた。まだ大学も始まったばかりで同級生の顔など覚えていないので、学科を口にするついでに、一年だと伝えた。

「え! 一年生? 知らない人じゃん。でもどっかで見たことあると思ったんだよねえ」

 ごめんね、と照れ笑いなのか目を細めながら付け足された。知らない人に見覚えがあると言われるのは、初めてではない。けれど嵐山と一緒に出た会見を覚えてる人はもうほとんどいないし、ボーダー以外で言われることもほとんどなかった。

「高校どこ?」
「三門第一ですけど」
「うーん、じゃあなんで知ってるんだろうね?」

 先輩は不思議そうに首を捻った。自分はただ、苦笑いを浮かべることしか出来ずにいて、気まずいと思ったところで本来の目的を思い出した。

「あの、これ落としましたよ。それで声かけただけなんで」
「あ、そうだったんだ。ありがとう!」

 ハンカチを受け渡すときに、少しだけ指先が触れて、ドキッとした。と、その瞬間、先輩が「ああ!」と声をあげる。

「君あれでしょ。ボーダーの子」
「あ、はい。そうです……」
「あー思い出してスッキリした」

 ニコニコしている先輩にどんな表情を向ければいいのかわからなくて困った。もう目的は果たしたのだし、さっさと立ち去ろう。

「弟が憧れてたんだよ。柿崎くん」
「え」
「結局入隊? はしなかったんだけどね。ボーダー頑張ってね」

 名前も知らない先輩は、手を振って立ち去っていった。少しだけ触れた指先が、まだ熱を持っているようにジンジンとしていた。
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