お題:パンとコーヒー

 ラウンジでコーヒーの匂いがした。いい匂いだと思うけど、飲むとお腹の調子が悪くなるから飲まない。あの苦味もあまり美味しいとは思えないし。あれが大人の味だと言うのであれば、わたしは一生子供でいいと思う。

「あ、弓場さん」
「おう」

 弓場さんは隊室では座らないらしいと聞いた。でもラウンジでは普通に椅子に座っている。隊室での弓場さんを見たことがないからこれがレアなのかどうかはわからない。

「ここいいですか?」
「どうぞ」

 席についてカバンからパンを取り出す。別に訓練の前に腹ごしらえをしなくてもいいのだけど、帰りに空腹で動けなくなるのは避けたいから、いつも何かしら食べるようにしている。

「今それ食うのかよ」
「えー、だめですか?」
「いや、好きにしろ」

 取り出したミニスナックゴールドにびっくりした弓場さんは、ただでさえ愛想がないのに、よりしかめっ面になった。

「弓場さんは何飲んでるんですか?」
「コーヒー」
「コーヒー飲めるんですね」
「お前は飲めないのか」

 袋を開けて、パンにかじりつく。甘い。でもこの味がたまに恋しくなる。サクサクしっとりした生地と、砂糖のかたまり。唇に張り付く砂糖を舐めて、今ならコーヒーが美味しく飲める気がしてきた。

「飲めないけど、今なら飲めるかもしれないです」
「どう言うことだよ」

 弓場さんの眉間に寄ったシワがほぐれる。こんなことで、ゆるんだりするんだ。なんだか少し、嬉しくなる。

「弓場さんもこれ食べます?」
「いや、いい」
「美味しいのに」

 この大きな甘いパンにかじりつく弓場さんを想像して笑いそうになる。似合わないなあ。でも見てみたい。きっとたくさんあると思う知らない顔を、見せて欲しいとも、思ってしまう。

「今度コーヒー飲んでみようかなあ」
「甘くしたら飲めるんじゃないか?」
「あ、紙パックのカフェオレなら飲めます」
「あれはコーヒーに入らないだろ」
「ですよねー」

 口の中は相変わらず甘さが広がっていて、カフェオレの味を思い出してさらに甘くなる。苦いコーヒーも、甘いものと一緒なら悪くないのかもしれない。
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