お題:そんな笑顔が見たかったわけじゃない
手に入らないから欲しいと思うだけなのか。ふとそんな考えが頭の中をよぎるけれど、それだけの理由でこんなしょうもないことに尽力していると思うとばかばかしい。どうしても欲しいから、こうして無駄とも思われる行動を積み重ねているのだ。
「明日は会えるといいなー」
「そうだね」
放課後、ノートを写させてと頼んで二人きりなのに、なんで他の男の話を聞かないといけないんだろう。そう思うのに、適当な相槌を打って、相手を満足させてしまうから、このやりとりはきっとずっと続く。
今の関係を壊したいわけじゃない。でも、他の男とどうにかなってしまうのなら、いっそ、とも思う。
「犬飼だったら、知らない人に急に話しかけられてもうれしい?」
「状況によるかな」
「まあそうだよね」
電車で一緒になる男に片思いしているらしい。最初はすぐ飽きると思っていたし、名前も知らないそんな相手とどうにかなる確率なんて、相当低いと思ってた。なのに、気持ちは日に日に大きくなるらしい。 話しかけてしまう前に引き留めるべきか、それともそんな恋は実るはずもないだろうからと失恋するのをじっと待つか。毎日考えているけど、答えなんて出ない。
「犬飼が朝一緒なら、がんばって話しかけるんだけどな」
「……なんで?」
「勇気もらえそうじゃん」
無邪気に笑う彼女はとても愛おしい。けれど、笑顔の先に他の男が存在する以上、素直に喜べない。自分に向けられたはずの笑顔なのに、こんなにも満たされないとは、思ってもいなかった。
話題に気をとられてほとんど進んでないノートの写しに集中しようとペンを持ち直す。このあと、どこか寄って帰ろうかと提案したら、おれだけに向けた笑顔を見せてくれるだろうか。
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