お題:「追いかける」「秋」
春に出会ってから、季節は二回変わった。わたしたちの関係はいまだに進展することもなく、と言うか何も生まれてすらいない。クラスの人間という認識はされていると思うけど、きちんと話すこともないままこの月日が経った。
席替えの度に、どうか近くにと祈るのに、毎回遠くに配置され、話す機会すら与えられない。神様は意地が悪すぎる。もうお願いなどしない。そう思っていた時、奇跡は起きた。
「あ、わりぃ!」
「え、あ、だ、大丈夫!」
帰り道、後ろから強い衝撃を受ける。スマホを手に持ってなくてよかった。手に持ってたらきっと地面に叩きつけて画面にヒビが入って一生恨んでしまうところだった。
自分が何も落としてないことに安心していたけど、地面には見知らぬ財布が落ちている。男物だ。たぶんもしかしなくても、米屋くんのだ。昼休みに手に持ってるのを何度か見たことがある。
「財布! 落としてる!」
慌てて大声を出すけど、走っていた彼はもうかなり先にいる。考えるより先に手が財布に伸びて、走りだす。少し気候はマシになったとは言え、すぐ汗がふきだす。こんな前髪で好きな人に話しかけなきゃならないなんて、やっぱり神様は優しくない。
「よ、米屋くん! 待って!」
少し距離が縮まり声をかける。追い付くのは無理じゃないかと思ってたけど、長距離を走る予定があるのか、本気で走れば一応まだ何とかなる速度だった。でも、もう苦しい。
「え?! 何で? どした!」
振り返ってくれた米屋くんが立ち止まってくれる。そこまでならギリギリ走り切れる。もう少し先だったらもう無理だった。
「財布、今ぶつかって、落としたよ…はい」
整わない呼吸でおぼつかないわたしの言葉を、米屋くんが聞いてくれている。奇跡だけど、顔絶対ヤバイ。
「ありがと! あとで! ジュース奢る!」
素早い動作で財布を受け取り、また慌てたように走って行った。ボーダーの用事とかなのかな。あの言葉、わたしのこと、ちゃんと知ってた。それだけでまた胸がドキドキして、顔の熱が走ったせいかなんなのか、もうわたしにはわからなかった。
861字