と付き合い始めたのは、完全に気の迷いだった。俺のこともしかして、と気付いた瞬間、付き合ってもいいかなと思った。それだけ。のことは同じクラスだし席も後ろでまあまあの仲の良さってだけで、現時点で特に何とも思ってない。そもそもが本当に俺のことを好きなのかも、結局は謎のままだ。
 タピオカを食べきって、ぎこちない空気を纏ったまま、は「じゃ、また明日」と言い残して帰った。付き合うなら一緒に帰るとか、家まで送るとか、何かあった気がしたけど、正直引き留める余裕はなかった。本人が一人で帰りたかったのかもしれないし、自分自身、脳内整理をしたかったのもあり、そのまま帰してしまった。追いかけることもせず、そのまま本部へ向かったのは、やっぱりまずかったかと後で思ったけれど、次の日も普通のを見て、間違っていなかったのだと安心した。
 別に、悪くはない。何とも言い難い評価であることは確かだ。そんな軽い気持ちで付き合うかどうかを提案するなど、どうかしていた。そして、それを受けたのに変わらない態度のも、同じくどうかしてると思う。
 今までのことを異性として意識したことはなかった。後ろの席の、友達未満。視界に入れることも少ないし、何を考えてどんな顔をしてるかなんて、今まで気にしていなかった。だからあの不意打ちに負けたと言うか、少しいいなと思った。それだけ。
 彼女ができたのは事実かもしれないが、実感もなく、今のところなんらかわりはない。と言うか、あの日からもう一週間が経とうとしているが、その間普通の日常会話以上のことをしていないし、プリントを回しても目も合わない。
 俺のことが好きなんだと、なんとなく思っていたけど、そうでもないのかもしれない。でもそしたらなんで付き合いたいだなんて言ったのだ。意味がよくわからないから、本人に聞くことにした。

***

 私は水上と付き合うことになった、らしい。でもまだこれと言って何もない。普段通りの話しかしていない。特別な関係になった実感はなかったし、一体どうしていいのかわからなかった。
 水上はあの子のことはもういいのだろうか。彼氏がいると知って諦めたのか。それにしても、あんな風に急に付き合うか、なんて聞くの、おかしくないのか。舞い上がって返事をしたけど、後悔していた。私のことをどう思っているのかくらい、確認したらよかった。
 付き合い始めたというのに、何もできずに土日も過ぎて一週間が経とうとしてる。たぶん私が何かを言わなければ進展はない。でも、正直進展なんて求めていない。片想いで十分だったのだ。付き合うという、形だけの関係で、もうすでに私は満足なのだ。
 授業中、先生の目を盗んで水上がノートの切れ端を回してきた。突然のことにびっくりしてしまったけど、急いで紙を広げる。「放課後、話がある」それだけ、癖のある字で書かれていた。こんな紙切れが、こんなにも特別に思えてしまう私はどうかしている。でも、それが恋だから、しかたない。

「どっか行く?」
「……行きたいとこ、ない」
「まあじゃあ適当に」
 放課後になると水上は帰り支度をして振り返った。机にしまわれた椅子に軽くもたれながら、私が帰り支度をするのを待っていてくれた。緊張してしまう。今までずっと、見込みのない恋だからと、ひた隠していたのに、こんなんでは、漏れ出してしまうんではないかと不安しかない。
「お待たせ」
「おう」
 校内では一歩前を歩いていた。用事があるのは水上の方だし、私がついて行く形になった。が、靴を履き替えて校門を抜ける頃、水上は隣に立った。
「家、送るわ」
「え? いいよそんな」
「目的もないやん。話、歩きながらでええし」
 家がボーダー本部とは逆方向だと、言いにくくて困った。前回行ったタピオカ屋は駅前だったし、お互い少しの遠回りといったところだったが、家となると真逆だ。
「そんなに俺に家知られたないん?」
「そうじゃない。家、あっちだから」
「ええよ。別に遠くったって」
 一歩、進む水上のあとにくっついて歩く。でも私の家を知らない水上は速度を落として隣に並ぶ。隣に並ぶと、思ってたより大きい。いつもは座っている背中ばかりみているから、変な感じ。
はなんや、俺に言いたいことないん?」
「……水上が先でいいよ」
 頭をボリボリとかいている。言いにくいことなのだろうか。変な間がツライ。私から話せばよかっただろうか。
「付き合うて具体的に何したいとか、あるん?」
 少しの沈黙の後、水上はまた質問を投げてくる。自分の思ってることを言ってはくれないのだろうか。私が傷つくから? そんな事を考えて、へこんだ。
「……水上が私のこと好きじゃないの、わかってるよ」
「は?」
「だけど、私は付き合いたかったから、そう言っただけで、その、別に、今のこれで、充分、です……」
「急にはい今日から恋人同士ですー言われてもピンとこーへんし、まあええか」
「どういうこと?」
「じっくりゆっくりお付き合いしていきましょう言うことや」
 バチっと目が合って、顔が熱くなる。変わらず水上はすました顔をしている。ひとりで恥ずかしい。
「水上は、いいの?」
「いいって?」
「私と付き合いたかったわけじゃないでしょ?」
「そないなことないで。先に言うたの俺やし」
「じゃあいいの?」
「ええよ」
「明日からめちゃくちゃに彼女ヅラしても?」
「今からやないん」
 口で勝てる気がしない。めちゃくちゃな彼女ヅラって何だ。目が合うだけで意識してしまって赤くなるような私が、教室とかでベタベタ出来る気もしないし、普通に無理だ。そしてそれをわかって、煽るような事を言う。意地悪。でも、すき。
「水上は……」
 私のこと、どう思ってるの? 聞こうとしてやめた。付き合ってていいって言ってくれて、今後のことも考えてくれて、別に私のことを好きじゃなくても、いいじゃないか。私が水上を好きで、水上は恋人になってくれる。それ以上のこと、望んで壊れてしまうなら、もう少しだけ、夢の中にいさせてほしい。
「なんやねん。途中で切るなや」
「えーっと、好きな食べ物なに?」
「うどんと春巻き」
「一緒に食べるの?」
「んな訳あるか」