前の席の水上が気になりだしたのは最近のこと。それに気が付いても特に何かが変わるわけではなくて、ただただ、後ろの席という特権に甘えていた。時々話をするけど、友達とも言えない奇妙な関係。水上が私のことをどう思っているのか、なんて考えたりするけど、きっとどうも思っていない。それがわかっているから考えないようにしてた。
水上は、きっとあの子が好きだ。見ているからわかる。そう思うのだけど、あの子には彼氏がいるから自分にもまだちょっとくらい可能性があるかもしれない。けど、そのちょっとがちょっとなんかじゃないって本当はわかってる。水上が好きだろうあの子と私は、ぜんぜん違うから。
「アメ食べる?」
「たべる」
自分が食べるついでに出したアメを渡せば、すぐにくしゃくしゃと音を立てて包みを開き、口に入れた。ぽこっとふくらんだ頬で、似合わないいちご柄の包みをもてあそんでいる。こういうどうでもいい仕草に、好き、と思ってしまう。
「そんな見んでもええやろ」
「……見てないし」
水上は表情を変えないまま、私の机に向かってきれいに包みをのばし始める。このもじゃもじゃ頭に触れたいと、思うけどかなわない。でもそれでいい。今はこの距離で、満足している。
「できた」
「器用だね」
「まあ、これくらいは」
水上は机にいちご柄のツルを置いたままにして、背中を向けた。これっぽちのことに、どうしようもなく胸が高鳴ってしまう。好き。でも見つからないように必死で隠す。好きじゃないって言われるのが、怖いから。
水上のどんなところが好きなのか、考えても言語化できそうにない。あの独特の雰囲気とか、ボーダーに入るために三門市に来たところだとか、意外と賢いところとか。小さないいところはいくらでも思いつく。でも好きなところと言うにはどれも些細だ。きっと同じ条件にあてはまる人は他にもいると思う。でも私はもう、前の席にいるこの男しか興味がないし、知らなかった新しい一面を見ても、好きだと思ってしまう体になってしまっている。
本当はもっと仲良くなりたい。好きって、言ってしまいたい。でも見込みなんてないのがわかりきっているし、うまくどうにかできるとも思えないから、何も言わず出さず、じっと、密かに頭の中にこの恋心を住まわせているのだ。
「ねえ、今日タピオカ飲みに行かない?」
帰り支度をしながら水上に声をかけたことに、特に意味はなかった。今思いついたから口にしただけ。頭では、友達は今日ひまだろうかと、別のことを考えていた。
「ええよ」
びっくりしすぎて、固まってしまった。黙った私に、横を向いて座っていた水上が、視線を投げてくる。
「え、どうしたの? ひまなの?」
「自分の方から誘っておいてその態度はなんやねん」
「いや、びっくりしたから」
水上ってタピオカとか飲むんだ、と思っただけだと思ったのに、口から出ていて、失礼なやつやなほんまに、と文句を言われてしまった。びっくりのあとに嬉しい気持ちがふつふつとわいてきて、顔に出てないといいなと思った。
***
高校三年になって、三門での生活にももう慣れた。クラスはボーダーの個性的なメンツが集まっているし、特に不自由もない。学校生活は適当に消費している実感しかないけれど、そのことに不満もない。そう思っていた。けど、高校生活が残り少ないと思うと、もう少しだけ、何かすればよかったと、思わなくもない。
「何聴いてるの?」
「何も聴いとらん」
「話しかけられたくないから? 性格わる〜」
「いや自分、普通に話しかけとるやん」
休み時間、不用意に誰かに話しかけられるのが鬱陶しくて、何も流れてないイヤホンをこれ見よがしに耳に突っ込んでいたのだが、それでも話しかけてくるのはこの女くらいだと思う。
「ここ、教えて欲しいんだけど」
「やっとらんの」
「いや、ちゃんとやってきたから、わからなくて聞いてるんでしょ」
「はいはい。どれどれ」
古典の和訳なんて、授業中にやっておけばいいのに。そう思いながら自分の古典のノートを開く。時間つぶしに少し先までやってたと思う。
この女はボーダーの人間でもないのに、カゲにも普通に話しかけられるから不思議だ。距離感の掴み方が上手いのかなんなのか、理由はわからない。自分とは人種が違う。それだけは、痛感していた。
いつもはボーダーでの訓練終わりに行くらしいカゲのお好み焼き屋に、今日は放課後みんなで行くからどうかと誘われた。お好み焼きは文化が違うから正直面倒だと思ったのだが、何故か一人よそ者がくっついていたから、流されるままついて行った。
「もう着いたらしい、荒船は」
「荒船もおるん? 大所帯やなあ」
「だからこいつもついて来てんだろ」
カゲが嫌そうに、この中で明らかに浮いている女をあごでしゃくった。コイツが荒船とも知り合いだと言うのは、初めて知った。もしかして昔はボーダーにいたとか? いやそうであれば誰かが教えてくれるだろうし、記憶封印措置もあるボーダーを引っ越しなどの理由なくやめる理由だってないだろう。
「いちゃつくなら他所でやって欲しいわ。なあ」
後ろから突然現れた当真の言葉に驚きを隠せずにいると、知らなかったのか? とからかうように言われてしまったが、当真も来たことにびっくりしたと思われるように返事をして、そのあとは必死に動じているのがバレないように振舞った。
好き、だなんて思うレベルではなかったと断言はできるものの、まあまあそこそこ気になる、レベルではあったことは認めざるを得なくて、しかもそいつの相手が荒船となればまた話はややこしくなる。ありもしない、もしも、なんてものに思考を巡らせてしまうなんてどうかしている。
とは言え、それを知った時に全てのことが腑に落ちたし、なるほどなあと感心してしまったのも事実。なるべくしてなったことにとやかく言うことなどない。そうわかっているものの、風通しの良くなった心の隙間はどう埋めればいいのか、よくわからなかった。
そんな時だった。後ろの席のに、タピオカ飲みに行かない、と軽口で誘われて、いつもだったら流しているのに、ええよ、と返事をしてしまった。
タピオカなんて別に飲みたくなかった。けど誘いに乗った以上、一緒に買わないわけにもいかず、自分の分の容器から謎の黒い丸をすすった。
「似合わないね」
「うるさいわ」
タピオカの入った飲み物を購入した後は、適当にふらふらして見つけたベンチに二人で腰掛けて飲んだ。暑い日に飲むものじゃない。甘い。
「水上ってこういうの、好きじゃないかと思ってた」
「まあ、特に好きでも嫌いでもないけど」
「あ、タピオカじゃなくて、寄り道とかするの」
「寄り道くらい用があればするやろ」
「用もないのに、女子とタピオカ、らしくないじゃん」
「……」
それはそうだ。自分も今の状況についてはよく理解してない。誘われたから、たまたま、なんとなく。でもどの言葉も全然しっくりこなかった。理由、あったのかもしれないけど知らないふりをした。
「私は嬉しかったからよかったけど」
ちらりと隣を盗み見れば、うっすら赤くなった頬が見えて、まさか、なんて思う。けど、アリかナシかでなら、アリかなと思う自分もいた。
「……俺と付き合う?」
「…………なんで?」
「いや、別にええならええけど」
「え、あ、え? 本気で言ってるの?」
「まあ、そら、それなりに」
「……だったら、その、つきあいたい、です」
思い付きをそのまま口から発して、今後のことなど何も考えてなくて、一体どういうつもりなのか。あほなことをしてしまったなんて思う一方、さらに顔を赤くしたをカワイイと思ったので、これはこれでいいかなと思った。