とは去年同じクラスだったので、そこそこの仲ではある。けれど、防衛任務を代わって欲しいと言ってきたのは初めてだった。そもそも、任務を誰かと代わること自体が珍しいことではあった。なんとなく気になって、のクラスの前を通った時に本人を探したが見当たらない。たまたま教室にいないだけかもと思っていたら、蔵内がなら休みらしいと教えてくれた。たしか蔵内はのクラスと合同の授業があったから、その時に知ったのだろう。正直、昨日の帰りに一緒に見たことについて、話してみたい気もしたが、弓場隊である蔵内にそんな話をしてもかわされるだけな気がして、やめた。
 弓場さんとは同じ学校ではあるが、ほとんど接点もなく、同じ隊の蔵内、王子を通してか、が一緒にいるときにしか話したこともない。が弓場さんへ好意を寄せていたことは、直接聞いたことはないがなんとなくわかる。そして昨日の夜の相合傘とくれば、二人はどうなったのかと気にならないことはない。俺の知っているは、常に折り畳み傘をカバンに入れていたはずなのに、昨日は弓場さんの傘の下にいた。たまたま忘れたとしても、傘に入れてくれと、俺たちの方が頼みやすいはずなのに、そうしなかったのは、何か進展でもあったと言うことなのだろうか。
 あの弓場さんでも、女に対してやさしかったりするのだろうか。普段ボーダーの戦闘員たちとは性別の隔たりなく接している姿から、想像がつかない。弓場さんをよく知らない、それは大きいとは思うが、実際のところどうなんだろう。
 の恋が成就するのは、友人として嬉しく思うが、あの弓場さんが恋人同士の雰囲気をどうまとうのか、迷惑な好奇心ではあるが、気になって仕方がない。実際、自分も女に興味がないだろうなどと言われ、似たようなことを周りに思われてる身として、どう立ち振る舞うのか、気になるところではある。


 夕方の防衛任務はあっさりと終わった。の代わりに自分が入ったことで、全体のレベルが上がったおかげだとうぬぼれたくもなる。気分よく個人ランク戦でも行こうと思っていたら、マスクをして、生身の弓場さんとすれ違った。
「お疲れ様です」
「お疲れ」
「……風邪っすか?」
「昨日、寒かったからな」
 もしかしたら、が今日休みだったのは風邪のせいかもしれない。二人に何があったのかはわからないけど、なんとなく、そういうことなのかなと、想像してしまう。
「お大事にしてください」
「おう。お前も気をつけろよ」
 換装体じゃない姿で基地にいるのがすでに珍しいから、もう帰るところだったのかもしれない。が今日休みで代わりに出たと、言うべきだったのかはわからなかった。二人で帰った次の日に二人で風邪引いていたら、何かあると疑ってしまうのは当たり前だと思う。でも、その話題に触れる時は、弓場さんにじゃなく、の方がこちらの気持ちも楽だから、しばらく弓場さんには当たり障りのない対応をしようと決めた。


 数日が過ぎたが、も弓場さんも態度は相変わらずだった。むしろお互い少し避けているようにも見える。任務を代わった次の日学校で、「急にごめん、ありがとう。風邪引いた。今度なんかお礼する」とまだつらそうな鼻声では報告してきて、とにかく早く風邪を治せと伝えた。二人そろって風邪を引いていたことをからかってやろうかとも思っていたのに、しんどそうでやめた。そこで弓場さんに振られたと言う可能性がない訳じゃないことに気が付いた。だから本部で二人の様子も見ていたけど、どっちとも取れない。今まで通りよりは距離があるような気もするし、そうでもないような気もした。
 今日はみんなでかげうらに行こうと言う話になっていた。そして帰ろうとしていたところにたまたまが現れたので、誘ってみるかと声をかけた。
「この後かげうら行くけど、行くか?」
「え? あ! そうだよね。まだこの前のお礼してなかった……」
「まあ別にそれは今日じゃなくてもどっちでもいいけど。用事あんのか?」
 急に話しかけられて落ち着きのない態度をとる。いつももっと普通に話してたと思うのに、今日は歯切れがよくない。
「用事ってほどではないけど、その、うーん」
「借りがあるならさっさと返しておけ」
「弓場先輩! で、でも……」
「お疲れ様です。……先約あるならまた今度でいいぞ。悪かったな」
「荒船ごめん。今度購買おごる」
 弓場さんに軽く頭を下げて、には早く行けと追い払うように手を振った。
「荒船、さんとそんなに仲良かったか?」
「まあ、普通」
 鋼とカゲがふくみ笑いで待ち構えていたのでため息が出た。
「そういうことじゃねーよ。あとで説明するから、早く行こうぜ」


「弓場さんとって、やっぱ付き合ってんのかな」
「そんな話初めて聞くけど」
「一緒にいるとこもほとんど見ねーし、荒船の妄想じゃねーのか」
 やっぱりあまり関わりのない人間からしたらそうは見えないらしい。でも、何かあったとは、思うんだけどな。
「あの二人、雨の日に同じ傘に入って帰ってた。そんで次の日二人とも風邪引いてたし、何かはあるだろ。はたぶん弓場さんのこと好きだったと思うし」
「お前そういうこと、他人に言っていいのか」
が弓場さん好きってのは、聞いたんじゃなくて、見ててそう思ってるだけだ」
「コソコソしてねーで本人に聞けよ。仲いいんだろ」
 お前なら聞けるのか、そう言い返そうとしてやめた。カゲなら聞けるだろう。と仲良くもないカゲが聞くとは思えないけど。
「お前がのことが気になってしかたねーなら代わりに聞いてやってもいいぜ」
「そうだ。カゲに聞いてもらえ」
「アイツとはそんなんじゃねーよ」
 どうしてそうなる。どちらかと言えば俺の興味は弓場さんの方にあるんだが、仲がいいのはの方だ。どうしたってそういう展開にはなってしまうだろう。
「もしも振られてたらかわいそうで聞けねーし」
「ああ、そういう可能性もあるわけか」
「たしかにあの弓場さんに彼女ができるってのも、あんまし想像つかねーわ」
 そのあとは弓場さんをはじめ、先輩たちの女の影の話になり、適当に盛り上がって腹も膨れてなんとなく、満足感のある晩飯になった。


 次の日、約束通り購買をおごってくれるとが教室にやってきた。弁当は持ってきていたけど、食べ物はいくらあっても困らない。二人で購買に向かい、自分の昼食も買うんだと彼女は言っていた。
「昨日の夜、三人でかげうら行ったの?」
「ああ。鋼とカゲと」
「荒船その二人と仲いいよね。二人ともあんまりしゃべったことない」
「鋼は来たばっかだしカゲはあんなんだからな」
「お好み焼きしばらく食べてないなー」
「今度行くときまた誘ってやろうか?」
「え!……あ、いや、大丈夫」
 一瞬嬉しそうな顔をしたあと、断られる。何がそうさせているのか気になってしまう。やっぱり弓場さんと付き合いだしたから、男連中と飯はまずいってことなのか。ボーダーにいる時よりは話しやすいし、聞いてしまおうかと話題を振ろうとしたら、が別の話題を話し始めてしまった。
「荒船何食べるの?」
「のりから」
「わたしも同じにしようかなーでもメンチも捨てがたい」
「弁当だと多くねーの? 女子ってほぼパンとか買ってるだろ」
「わたしはまだ成長期なんです」
「横に成長するだけだろ」
 いい加減にしろ、と軽いパンチが繰り出される。一旦太ってから筋トレすると筋肉を大きくしやすいって穂刈が言っていたから、筋トレでも勧めるかと思ったら、急にとの距離が開いた。
 購買のすぐ近くまでやってきていて、周りはそれなりの混雑をしていた。だから離れたことにびっくりしたけど、の背後に立つ弓場さんを見て、納得した。
「お疲れ様です」
「おう」
「二人って、付き合ってるんすか?」
 弓場さんにはとてもじゃないが聞きにくいと思っていたのに、ほとんど確信が持てた勢いで、つい弓場さんに聞いてしまった。はずっとびっくりした顔で止まっている。そして弓場さんは心なしか赤い顔をしていた。
「別に誰かに言いふらしたりはしないんで、大丈夫っす」
「いや。それは、わかる。えっと」
「付き合ってねーの?」
「付き合ってるよ?」
 タジタジになると何も言わない弓場さん。面白いものが見れた。このまま二人にさせてやりたいが、のりから弁当を買ってもらうまではそうはいかない。
「弓場先輩、お弁当買ってくるんで、もう少し、待っててください……」
「わかってる。行ってこい」
 弓場さんも照れ臭くなったのか、そのまま背を向けて立ち去ってしまった。とは微妙な距離を開けて、購買の列に並んだ。
「ずっと怪しかったからな」
「うそ! あんまりばれない方がいいから人前では近づかないようにしてたんだけど……」
「昨日、一緒に帰ったんだろ?」
「そうです」
「弓場さんて嫉妬とかすんの?」
「全然わかんない。昨日も、帰り荒船たちと行けばよかったーみたいに言ってたし」
「ふーん」
「荒船も彼女できたら嫉妬とかするの?」
「……できてみねーとわかんねー」
「それはそうだ」
 嫉妬はしてたんだろうな。借りとかはきっちりしておきたいタイプだからにもそう言ったけど、内心は断ってくれて嬉しかったんだろう。嫉妬しない男がさっきみたいに距離とらせるとは思えないし。仲良く見えたのは申し訳ないが、そのあとの弓場さんの反応がかわいく思える。あの男らしい弓場さんがああなってしまうとは。言いふらさない約束をしたから、鋼とカゲにもしばらくは黙っておこうと思った。
 無事にから購入した弁当を受け取り、別れた。弓場さんと一緒に食べるらしい。せいぜい幸せでいてくれと、心の中で祈っておいた。