弓場先輩を初めて、きちんと認識のは学校だった。蔵内くんが親しそうに話をしているのを見かけて、あとからうちの隊長だよって教えてもらった。背が高くて、頭がよさそうな、先輩、って感じの人だった。それが第一印象。だから本部で戦闘体の先輩とすれ違った時には同じ人とは思えなくて、すごくびっくりした。何も考えていなかったけど、確かに弓場隊の隊長はこんな人だった。学校で会った時は、本部で見たことないなと思っていたのに、見たことあった。あの人か、そうか。しばらく混乱した。小南ちゃんとかも戦闘体と生身の髪型は違うけど、雰囲気が小南ちゃんだからなんとなくわかる。でも先輩は違いすぎないだろうか。慣れればそんなことないのかな。衝撃すぎて荒船に言ったら普通に知っててまたびっくりした。
「え、なんで早く教えてくれないの?」
「みんな知ってるだろ」
「知らないよ。蔵内くんも教えてくれなかった」
「無所属フリーはこういう時不便だな」
蔵内くんもいじわるで言ってこなかったわけではないと思う。と言うか、普通に隊長って教えてくれたのにその時に気が付かなかった自分がバカなだけだ。全然結びつかなくて、普通に受け流してしまっていた。
「なんの話?」
「あ、犬飼。ねえ、弓場先輩と学校で会ったことある?」
「あるけど、それが?」
「コイツ同一人物だってさっき気付いたらしい」
「え、今更そんなことある? C級じゃあるまいし」
笑いすぎでしょ。酷い。これはもう同じ学校の人では太刀打ちできない。そう思って通りがかりの穂刈くんを捕まえて、生身の弓場先輩に会ったことがあるか聞いた。
「ないかもな。会ったことは」
「生身の時は普通にかっこいいんだよ。なんで戦闘体あれなんだろうね」
「ちゃん、後ろ」
犬飼に言われて振り向けば、そこには戦闘体のいかつい弓場先輩がいた。
「廊下で立ち話してんじゃねぇ。邪魔だろ。広いとこ行け」
「……すみませんでした」
青ざめてるのは自分だけで、犬飼も穂刈くんも笑いを堪えててずるい。荒船はいつも通り普通に挨拶をして、みんなで弓場さんをやり過ごした。
「聞こえたかな」
「聞こえただろうね」
それぞれ目的の方向へ歩き出す。犬飼もラウンジに行くところだったらしく、一緒に向かう。
「でも、普段の時の方がよくない?」
「うーん、もう見慣れちゃったからなー。強そうでいいじゃん。モテなそうだけど」
「わかる。強そう。まあ、女受けは関係ないだろうし、そんなもんなのかな。二宮隊とは違うってことだ」
「うちのも別に女受け狙ってはないからね。隊長の趣味」
二宮さんもムスーっとしたタイプだよね、と言おうとしてひっこめた。さっきの失言もうっかりだったけど、こんなことは避けれるのなら避けておきたい。
「……謝りに行った方がいいのかな」
「あー、謝っておいたら好感度上がるんじゃない? 礼儀とかきちんとしてる人だし」
「でもそもそも話したことないし悩む」
「どっちでもいいんじゃない」
犬飼の話は参考にならない。あとで蔵内くんに相談してみよう。わざわざ謝りに行くのは蒸し返すみたいで嫌だし、ばったり会った時でいいかな。失礼なことを言ってしまった自覚はある。でも、別に戦闘体と生身が同じ格好でも、受け入れてたし、そもそも弓場さんってそういう人だと思っていた。だから、生身の姿がかっこよくて想像以上に驚いてしまって、なんで? と思ってしまったのだ。あの戦闘体を否定するつもりなんてない。
ため息をひとつ落せば、犬飼に「だいじょーぶ」ってなんの安心にもならない言葉をかけられた。
次の日、蔵内くんに相談するタイミングがあるかを考えながら学校に向かった。同じ授業がある日だったけど、毎回話をするほどの仲じゃない。友達と一緒だったら話しかけにくいし。
そんなことを考えながら校門をくぐれば、同級生よりも先に、弓場先輩をみつけてしまった。気付かれてないなら今はやめとこうか、とも頭をよぎったけれど、言い訳をしていたら一生無理だぞと、気合を入れなおした。
「弓場先輩! おはよう、ございます……」
「おはよう」
「昨日はすみませんでした」
「お前か」
「戦闘体もかっこいいって思ってます!けど、普段がもっとかっこいいからびっくりしてあんなこと言っただけで、悪意はありません。でも、すみませんでした」
しっかりと頭を下げて伝えれば、控えめに肩を叩かれた。顔を上げれば弓場先輩はそのまま怖い顔をして立っていて、肩を叩いたのは横にいた蔵内くんだった。
「弓場さん困ってるから」
蔵内くんが近くにいたのなら、相談して一緒に来てもらったりすればよかったのでは? 何で先に弓場先輩を見つけてしまったんだ。もう後悔ばっかりだ。しかも今この登校時刻に、学校の敷地内でこんなこと。通りすがる人がこちらを見ているのも無理もない。
「ごめんなさい」
「もうわかった。気にしてねぇから、もうさっさと行け」
蔵内くんと一緒に頭を下げて、二年の玄関に向かう。蔵内くんの背中だけをみつめて、また弓場先輩の機嫌を損ねてはいないだろうかと心配になった。
「蔵内くん、おはよう」
「おはよう。弓場さんと何かあった?」
「いや、昨日みんなで話してた時に遭遇して」
蔵内くんはやさしく話を聞いてくれる。こんなしょうもない話で申し訳ない。心がすり減った。
「話蒸し返して、先輩、嫌だったかな」
「そんなことはないと思うけど。ちゃんと誠意も感じたし」
「だよね?」
「おー、お前だろ。朝から先輩にかっこいいって告ってた女子」
蔵内くんと靴を履き替えてすぐのところで話をしていれば、登校してきた荒船が突拍子もないことを言い出した。
「何それ。違うでしょ」
「戦闘体がどーのって言ってたからボーダーだろって、さっきクラスの奴が言ってきた」
不安が解消されたと思ったら、次は何だって言うのだ。まあ、言葉尻だけ拾えば先輩にかっこいいって告白した女子みたいだけれど、わたしの行動は謝罪だ。間違っても愛の告白などとは程遠い存在である。
「その人に、聞き間違えだってちゃんと言っといてよ」
「で、昨日のことは解決したか?」
「たぶん」
自信なくそうつぶいたけど、蔵内くんがあとで聞いておいてくれると言って、本当にありがたい。迷惑かけまくりでごめん。
「そんな小さいこと気にするような人じゃないだろ」
「俺もそう思うよ」
「そうだといいけど」
重い足取りで教室へ向かう。あんな強面の人を敵には回したくない。クラスの違う二人と別れて、教室に入れば友達が駆け寄ってきた。
「あの先輩のこと好きなの?」
「朝見たよ。声かけようと思ったら知らない人のところに行っちゃうし、そのあともボーダーの人といたから先に教室きたけど、あの先輩もボーダーの人?」
違う違うと否定をしてもみんなの顔は緩んでいる。本当に違うのに。かっこいいとは思うけど、全然そんなんじゃない。
このあと好きになってしまうことも、付き合うことになるなんてことも、この時はまだ微塵も想像できてはいなかった。