「そうか」
恥ずかしくてじっとしていた。わたしの腕を掴んでいた弓場先輩の手がゆっくり離れていく。泣いているってばれないようにまばたきをたくさんして、目から水滴を落とす。顔を上げないと、そう思うのに、身体の力が抜けない。
「……大丈夫か?」
「大丈夫です」
じっと動かないわたしを心配してくれてる。大きく息を吸って、手のひらで顔を拭う。雨がはねたってことにして欲しい。
立ち止まったままだから、歩くように笑顔で言おうと決意して顔を上げた。その時、よく知った声が聞こえた。
「やっぱり弓場さんたちだ」
「が傘持ってないなんて珍しい」
「ほら、邪魔になるからさっさと行こう」
「お疲れ様です」
ぞろぞろと、同級生たちが抜いていく。わたしが帰る時に、待ってたら来るって言っていたのだから、ちんたら歩いていたわたしたちに追いつくのは当たり前の事なのに、びっくりして生きた心地がしない。すれ違いざまに王子くんが「がんばれ」って小さい声で言ったのもびっくりした。何で知ってるんだろう。
「……帰るか」
「はい」
近い距離でまた歩き始めた。これってどういうことなんだろう。お互い告白はしたけど、結局これって付き合えるのかな。先輩は日ごろからなんでもはっきりさせるタイプなのに、何も言ってくれないのもなんか変だ。と言うか、今日、ずっと変な気がする。
「弓場先輩」
「なんだ」
「わたしたち、噂になりますかね?」
「なってももう関係ないだろ。事実だし」
事実、とは付き合うってことでいいのか、わからなくて見上げたら、眉間にしわを寄せて難しい顔をしていた。
「……今日なんか変ですか?」
「誰が」
「弓場先輩」
じっと顔を見て聞いてみれば、ぷいっと顔をそらされてしまう。暗くてよく見えない。
「傘持つの代わります」
「いや、いい」
ずっと持ってもらって疲れたかもしれないと、目についた傘の柄に手を伸ばす。先輩が放そうとしないから、上から手を握ってしまった。ドキドキしたけど、自分でわかってたから、さっきほどじゃない。先輩の手は、想像以上に熱かった。
「……実は照れてます?」
「あいにくお前みたいに慣れてはないからな」
「わたしだって慣れてないです!」
「慣れてない奴の言動じゃないだろ」
「だって、ののさんが、もっとガンガン行け、って」
「あいつの入れ知恵か……」
ため息をひとつ、落される。呆れられてしまった。好きって言ったのを取り消されたらどうしよう。気持ちがしぼんで、傘の柄からも手を放す。嫌がられてしまったかも。どうしたらいいのか、もう全然わからない。好きって言ってくれたはずなのに。どうしたらいいんだろう。